岡部線探索記

心配していた雨も上がり予定通り午前9時に大手駅から岡部駅までの探索に出かけました。

先ずは大手駅に進入する所です。
当初は車道側だと教えられ(聞き違い、勘違い)ていた廃線路は車道側ではなく歩道橋から駐車場の部分です。

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そして廃線路はガソスタ、戸田書、静銀と当時と同様経済の中心地としてその存在を表している大手駅の中を東に向かいます。

そして道路を渡ると嘗ての繁栄を物語る映画館の痕跡を見せてくれました。
上手く利用していると言うか

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また、そこから左を眺めると国1を挟んであの人車鉄道の藤枝駅が垣間見れます。
懐かしい響きですね~

東を見ると何時ぞやまでは山下工業さんが有ったところは時代でしょうか、住宅地になっていました。
それと、名店「ちゃっきり」も無くなっていました。
寂しいですね~
その間を抜ける部分は現存する廃線路です。

が、それもつかの間廃線路は中央自動車さんに取り込まれてしまします。

岡部線はそのような所ばかりで、歩くことが可能な部分は数か所して有りません。

そして、農学校前の手前の道を何気なく曲がったら、何と言うことでしょうか!

車での探索では決して曲がることのない道ですが、やはり歩いてですので見つけたんですね~
恐らく現在は個人としての所有と思われますが間違いのない廃線路です。
若干はずれてはいるかもしれませんが。

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そこからホンダプリもを突き抜けぐぐっと右にカーブして国1を渡りキャタピター三菱の門を潜ります。

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すると、長く「軽便道」と親しまれていましたが、依る宅地化でその姿を消滅しそうな水守地区に入ります。
藤枝市で青木地区以上に区画整理が進み、以前でも探索は困難だった地区です。
住んでいる方々でも以前何処に何が有ったか判らない浦島太郎地区です。
当然、痕跡のこの字もありません。

従って旧道の形やお寺さんとかから判断するしかありません。

今回は昭和7年の「土地宝典」を基に探索しました。
とても、現在の住宅地図だけではニッチもサッチもいきません。

とは言っても昭和7年当時の宝典ですので簡単には教えてくれません。
あっちだ こっちだ うろうろしてやっとです!
見つけました!

幻とも言える「水守駅」です。
地元の方にお伺いしても軽便が通っていたことは知っていても
ここの地区に駅が有った事を知っていない人も結構いました。

「お~ 軽便は通っちゃーいたけんど 駅なんか有っただかや~」
「おい、おみゃーは知っていたずらや~」
「お~ おらも知らにゃーでよー」

やはり、「三人寄れば・・・」の如くです。

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駅の形は適当です。悪しからず。

今回感じた点は、以前調べた事の一部は間違っていた事です。
単に、人がこう云っただけで結論付けるのは誤りあり、土地宝典なり公図で確かめないと
決定づけてはいけないことを再認識しました。

人の記憶や判断ほど不安定な物はありません。
確かなのはそれを書き表した書面、図面です。
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by micmacbig | 2010-11-24 03:38 | 駿遠線関連 | Comments(0)
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