光明電鉄 見付駅〜河原駅

どうも磐田は天候に恵まれない様で昨日も雨風も凄かったし、竜巻こそ来ませんでしたが雹の大群が押し寄せて来て相性が悪い様です。

先ずは図書館で土地宝典を閲覧して検証しました。
区画整理その他で当時とは形状が異なっておりますので正確性には欠けますが、地番が変わっていない面も有り、比較的掴み易いです。
二ノ宮の交差点までは先週区画整理図を基に検証しましたが、その以北が単にこの道沿いかな位でしたが
宝典を紐解く事で大凡が解りました。

大筋は農高前の道路となっていますが、ピアゴを超えた辺りからやや西に弧を描きスナックや電気屋さんの一角を走っていました。
ですから、区画整理で換地されたと思います。

そのまま進んだ光電君は元つぼ八前を通過して大之浦橋手前の信号の辺りから加茂川に沿う様に北西にカーブしていきます。

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そのカーブして進んだ先が遠州見付駅となります。

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この一角では枝番が異なる地番が連なっていて基は大きな一つの区画であった事が伺われます。
これが、その遠州見付駅である証となりますね。
遠州見付駅は線路が2本でホームは1つ有り、駅員も3人ないし5人居たというからかなり
大きな駅でした。
車庫や車両工場も備えていましたので駿遠線の大手駅みたいな感じです。

そのまま北西に国1を進んで行くと一角の住宅街にぶつかります。
地図上では痕跡は見出せませんが、ここにスペシャルとも言える痕跡が有りました。
図書館に繋がる道から最初のお宅をよ〜く見てみるとお隣との塀が斜めになっているのに気がつきます。

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これなんですよ!
で。西の方にぐるっと回るとお寺の方に繋がる細い道が有ります。
そこを入って東を見てみるとお〜 これだよ!!

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斜めの線です!!
これが名残りです。
近所で伺うとこの塀の手前側に昔小道が有ったそうです。
そして其の線を追って行くとこんな場面が有りました。

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まんまです。この幅で光電君は行っていたんですね。
そして、それは西光寺の前に出ました。

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そこから道としては存在していませんが駐車場として、又家々の間を抜ける様に北に進み河原町老人憩いの家の西側に出ます。

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加茂川沿いに進んだ光電君は稲荷橋の所からやおら右にカーブして川を渡ります。
手前の不動橋は直線で掛かっておりますが、この名無し橋は45度の角切りがあります。
それと川とお宅との間に草むらが存在します。
ブルーマップですとお宅の塀の所が字境となっています。
この辺は光電君ルートに関係ありそうですね。

すると、こちらのお宅がはたまた現在の道路に対して45度降って建っております。

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という事は建築当時はこの様に建てざるを得なかった訳が有ったと思います。
そこでお伺いするとやはり電車道が左側を通っていたのでとのお話でした。
勿論廃線後のお話ですが。

この辺辺りに河原駅が有ったとの記述が有りますが伺う事は出来ませんでした。
尤も駅と行っても単に乗り降り出来るだけの簡易駅ですので知っている方も居られるかどうかですね。
ここから川沿いに進んで変電所に向かっているとの事ですが雹の大群で諦めざるを得ませんでした。
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by micmacbig | 2012-05-07 08:19 | その他の鉄道 | Comments(2)
Commented by 磐田某 at 2012-05-15 21:15 x
図書館でその書物を見ましたが数年前の記録故、現在とは異なっていますので今回大変解り易く解説して頂き当時のルートが解りました。
なるほど、斜めの線がポイントなんですね。
確かに言われてみれば不自然ですね。
Commented by BEN-KEI-SHI at 2012-05-16 10:40 x
何十年ぶりの磐田で全然昔の事は覚えておりません。
ですから先入観無しの状態で探索出来ました。
磐田某様は磐田西校の研究書をご覧になられたんですね。
こんな深く調べ上げられた著書は今まで見た事の無いくらいと言っても過言は無いですね。
ましてやこれが高校生の皆様方の作品ですから
脱帽の一字です。
是非加茂川までは行かれてみて下さい。
私も時間が取れれば再度磐田入りしたいです。
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