地頭方の変則杭

友人S氏と藤枝〜岡部間を歩いてみました。
この区間は何度と無く歩いた区間ですが改めて歩くとやはり新しい発見があります。

先ずは藤枝駅で落ち合い、最初の大手線からスタートです。
今回写真は撮らなかったのでテキストのみになりますが。

以前の記事です。
これとかそれとか

幻とも言える「青木駅」
そうですね、こんなに近ければ乗りませんよね。
「志太駅」も同様、あの時代ですから用が得れば歩いて行くのが当たり前の時代でしたから。
国1迄行き今度は旧の大手線をバック。
新に着いては有名な道ですので今回は割愛して再び旧を行きそのまま大手迄スタスタ。
そこから、岡部までナゾって歩きました。
感じたのは「水守駅」あれじゃあ地元の方でも浦島になってしまいます。

岡部線についてはこちらとかそちらです。

岡部からはバスで藤枝迄帰りましたが丁度歩こう会の皆様と御一緒となりバスは満員でした。
普段からこの位の賑わいがあればな〜と感じながら帰宅しました。

で、昨日ですがムッシュさんから地頭方の用地杭についてのテーマが与えられましたので
相良市役所に出向き紙図(明治時代の公図)を紐解きました。

それは廃線路沿いとその奥側の畑の中にも杭が有る。これって何?

f0212142_5331146.jpg


まだ藤相鉄道の開通する前の図面ですので(何処の地域もそうですが)鉄道用地の記載が有るだけです。
そのコピーを頂き(と言っても只ではないですよ、310円かかるんですよ。当たり前ですが)(でも高いな〜)
すると大凡読めましたね!
11**ー*という区画があります。
ここに何かの建物が有ったとも考えられにくいですので地元に方にお伺い。
すると開通以前は北側の山がせり出していてそこを削って線路を通したが、その部分だけは
せり出しが大きかったので飛び地の様になってしまったとの事です。
これらは区画整理その他で良く有る事です。

f0212142_5475237.jpg


(子供の落書きみたですが。)

が、推測ですがこれっぱか残されても使い様が無いのでその部分迄藤相鉄道が買ったので
この様な変則杭が存在した様です。

相良にもこんなパターンが有りましたね。
相良駅の東手前、古道との交差点の所です。
ここの場合はその部分は買ってくれなかった様です。
こちらが詳しいです。

地頭方方面は杭が多数残されている地区です。
まだまだ知らない部分も有ります。
次回の挑戦です。
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by micmacbig | 2014-02-25 05:49 | 駿遠線関連 | Comments(2)
Commented by ムッシュ・Y at 2014-02-25 12:29 x
今回の件では、ご足労をおかけしました。
おかげで、1本だけ外れた所にある杭の意味が、解りました。
難問を解明する…気分はシャーロックホームズですね。
Commented by BEN-KEI-SHI at 2014-02-25 22:21 x
現状の形と異なる様相が有る事は何らかに過去そうならざるを得ない何かが有った証拠です。新相良駅でそれを知りました。
斜めの線 それはミステリーです!
テーマを与えて頂きありがとう!!
でも私があそこを通った時はあ〜単に拡がった土地でも有ったんでしょう で終わっていました。それを何でしょう?と解釈を拡げたムッシュさんは素晴らしい観点をお持ちですよ。
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