瀬戸川駅付近の陸橋

駿遠線の縦断面図を見ていると、瀬戸川駅付近に「陸橋」と言う言葉が見受けられます。
藤枝本町駅から瀬戸川駅に向かっては25/1000の勾配が有って一旦瀬戸川駅で停車すると発車出来なく藤枝本町迄戻ってそこから勢いを着けて橋迄登ったと言われた位急な勾配でした。

今迄その築堤は全て築堤で陸橋等無いと思っていました。
また。近隣の方にお伺いした時もそんなの有ったかな?との返答でした。

では、何故縦断面図に出ているんだろうか?
縦断面図に間違った記述をする訳が無い。
そんなもやもやしてた時藤枝市発刊の映像を見たときこれだ〜!と思った情景が有りました。

航空写真では容易に判別出来ませんが、その痕跡は現在の道すがらそのものでした。
かたちこそ変化は有りますが南北に通じていた道、流れていた河川その上を超える築堤を築いていたんです。
因に「陸橋」とは築堤を結ぶ橋との定義です。道路を挟んで築堤Aと築堤Bとを橋で結んでいたと言う事になります。

蛇足ですが中遠地区には岡崎や諸井の様に軽便の上を橋が架かっていましたが軽便の下を道路が走るのは桜が池とこの瀬戸川です。(国鉄の横にも有りましたが)

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謎が一つ解明しました。 あ〜あ やれやれ!

本日 藤枝在住のH氏にお伺いした所確かに2〜3位オート3輪が通れる位の狭い道が有ったよ!との証言を頂きました。

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by micmacbig | 2014-05-07 09:43 | 駿遠線関連 | Comments(2)
Commented by ムッシュ・Y at 2014-05-07 23:36 x
ヘェ〜瀬戸川の所は、軽便の下を道が通っていたのですか。
横須賀地区もそうなのではありませんか?
枕町の所や、今も残る横須賀運送横の橋台跡の所など。川ではなく、線路の下に道有り、ですよね?でもあれは陸橋とは呼ばないのでしょうか?
Commented by BEN-KEI-SHI at 2014-05-08 06:30 x
そうなんです、もっとも生活道路としてのですので単に通ると言うより潜る抜ける感じみたいですよ。そりゃそうでしょう、現在では住宅地となっておりますが、当時は田圃や畑ばかりでしたから。
横須賀の所は縦断面図には橋的な言葉は載っていませんでした。単に「枕町」としてだけで、あそこは「枕町架橋」と呼ばれていました。
それこそ身を縮めて潜り抜けるみたいでしたね。
http://micmacbig.exblog.jp/18212056/
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