85ページの写真 続き

「橋梁について」さんから大変詳しい情報を頂きましたのでここも少し膨らませようと思います。

先ず、問題の谷口駅西側の水路については縦断面図を見ると記載が有りません。
WIKIに依ると>また旧国鉄では、鉄道橋のうち径間が 1m 以上 5m 未満の橋梁を「溝渠(カルバート)」と呼び、1m 未満のものは橋梁扱いとせず「暗渠」または「開渠」と呼ばれていた[1]

との記述です、
ところが、谷口駅西側の水路にはそれらの記載は有りません。
開渠にも値しないと言う事でしょうか???

f0212142_06591748.jpeg

同じ例が大手〜慶全寺間にも有ります。
某スーパー前の部分です。
水路が北から南に斜めに線路を横切っておりました。
が、縦断面図にはその記載が有りません。
俗に言う田圃の水路の様な物との事です。

f0212142_07051603.jpeg

で、DVDの映像に有った高州駅手前の水路は開渠の記載が有ります。

f0212142_07222022.jpeg
(ページの境目ですので見えにくいですが・・・)

現在でも暗渠となっていて解りにくいですが道路上にその痕跡は存在しておりますので
証となりますね。

f0212142_07304427.png

「橋梁」という言葉の使い方なんでしょうか?

まあ、表現は有るとしても画像は谷口駅西側部分と確信しております。





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by micmacbig | 2015-12-15 07:35 | Comments(2)
Commented by pul-4 at 2015-12-15 08:51 x
おはようございます。
「歴史85ページ」並びに「つづる58ページ」の
谷口駅付近の橋梁写真ですが、
「つづる58ページ」の写真が谷口駅であるとするならば
この写真は見る限り「橋」ではないので記述がないと思います。

橋梁、開梁いずれも「橋」であります。
58ページの写真は橋ではなく暗渠ですので
縦断面図の掲載はないと思います。

で、「歴史85ページ」が谷口駅西の水路の写真でしたら
間違いなく「橋の扱い」ですよ。

ですので、
85ページの写真の解説が誤りであると
僕は思います。
Commented by micmacbig at 2015-12-15 09:31
pul-4さん 詳しい解説をありがとうございます。
19日にまた説明をお願い致しますね。
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