遠州見付駅 考察その2

西高の調査書の81ページに見付駅からの詳しい変容が記載されている。
これに依ると現在の道は区画整理等で造られた道で廃線路でない事が
判明する。
これは、良く有る事で間違えて廃線路と解釈する例は多い。
形は異なるが第3次の大手線で新藤枝に向かう軽便は焼津街道の歩道橋から繋がる小道を
進んでいるとの記述を良く見かけるがここは田沼古道で廃線路ではない。
大手線は小石川の付け根から自動車屋さんを斜めに西南に向かった。

これらを、地形図で比較してみると
昭和7年では線路と駅が記載されている。
f0212142_17134079.png

で、昭和30年になると当然線路は無く
道として描かれている。
f0212142_17142434.png

そして、高度成長時代の32年になると区画整理も進み道路も新設されている。

f0212142_17150289.png
航空写真を見てもその変容は認識出来る。

戦争直後の21年では
f0212142_06133007.png
時代は変わり37年になると
f0212142_06133029.png
ほぼ現在の姿となっている。

従って廃線路は現在の道より東の加茂川沿いの住宅街が駅と廃線路である事が判明する。

あ〜あ 又磐田に行きたくなりました。









[PR]
by micmacbig | 2016-09-14 06:19 | その他の鉄道 | Comments(2)
Commented by ムッシュ・Y at 2016-09-14 12:45 x
なるほど、旧こまつ屋前の通りは、廃線道ではなかった訳ですか。細かく見ていけば、新たな事実もまだ出てくる様ですね。河原町駅辺りまでは、現在は住宅が多く、ゴチャゴチャしてますから、ぜひ今後も調査をして頂ければと思います。西高の資料は、調査日からまた年月が経ってますので、今とはまた様子が変わって来ています。こちらも再調査が必要になってくるでしょうね。
Commented by micmacbig at 2016-09-15 06:03
ムッシュさん 旧こまつ屋  初めて聞いた名前です。
これを調べるのも楽しそうですね。
また、西高の調査書から10年の余が経っておりますので
これに対するビフォアアフターが必要ですね。
聞いた話ですが喜多先生は毎年精査して更新をされているそうです。
<< しっぺい君の蓋 遠州見付駅 考察 >>