住友プロペラ工場への土砂運搬線

先般の調査で住友プロペラ工場の軟弱地盤解決の為の土砂は有度山西麓の現静岡大学の地より砕土してトロッコ列車で運んだ所迄は判明した。
資料としては例に依って国交省の航空写真と国土地理院の地形図。
1946年片山
f0212142_02255234.jpg

昭和35年資料修正 静岡東部
f0212142_02274939.jpeg
が、いかんせん現在とは似ても似つかぬ姿である。
静岡中央図書館にて土地宝典を紐解くも1986年版故痕跡も記載されておらず役にはならず。
で、お得意のアナログ作戦で近隣に聴き込むが到達地点の富士見台では、情報無し。
有っても、モスリン線やプロペラ工場の引込線と勘違いしているばかりである。
当然戦中、戦前の事であるので当然では有るが・・・

で、片山地区に移動して数人目かのとある古老に尋ねると見事覚えておいておられ
確かに静大付近から土砂を運んだ事をお話しされた。
が、当然大谷川の改修工事で土地の形状は変容しているのでディーティールな部分は判明しないが
大凡の路線は覚えておられた。それに依ると長沢川の南側から進んで途中で川を越え現在のバローの南側だったと。
また、運んだのは木炭車の軽便鉄道だったとのお話を得た。
これらは、地形図、航空写真とも合致しその存在は明らかとなった。

が、問題は静大からのメインと少し北側からのサブの2線が何処を通り何処で合流していたか?
田圃だらけの中をどのように進んで行ったかは推測論しか今は言えない。
f0212142_02433211.jpg
ブルーmapを見てみると不思議な線が見つかる。
これらはこの土砂運搬線と関係が有るのか?
推測論ではこれらが地区の区分的役割をしても可笑しくはないが。

片山地区
f0212142_03074916.jpeg
富士見台地区
f0212142_03075623.jpeg

これらからここが廃線路との判断にはなるが公的、史的なデータが無い以上推測論の段階で有る。

直接関係が有るのかは別としてこんな面白い道すがらを見つけた。
片山地区では
f0212142_03142766.jpg

f0212142_03142948.jpg

富士見地区では
f0212142_03170250.jpg

正式解明には恐らくほど遠いと感じるが静大の場所から土砂を、高松の地盤改良に軽便鉄道を使用して運んだ事は間違いの無い事が判明した。

何か同様の事が遠江射場建設の為に谷口の山からトロッコ路線で土を運んだ話を思い出した。








[PR]
by micmacbig | 2016-12-22 03:26 | その他の鉄道 | Comments(0)
<< 新年のご挨拶 いよいよ西岸にも着手しております。 >>