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横井軌道 判明

RMライブラリーにて見つけた図面です。

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前回、暗礁に乗り上げ挫折しかかった探索ですが、方向を公図探索に切り替え法務局に出向きました。
が、そこからは何も発掘されずと言うか、法務局ではピンポイントの図面しか出してくれないので
地番が少し違うと目的の物が発見で来ません。
かといって闇雲にその辺を出してもらうと料金が発生しますのでとんでもない金額になってしまいます。
その辺が雄図の聞かないお役所ですね。

で、待っている間に備え付けのブルーマップを見ていると何やら現在とは違う様相が描かれていて
明らかに証拠となる名称が有りました。が、それが何年の発行なのかが記載されていません。
伺うとコピーをした物で局としても何年のをコピーしたかが掴んでいないとの事です。
が、兎に角マルハンの所には加藤某という地主さんの名前が有ります。
これは先般地元で聞いたお話と合致します。

で、その足で図書館に向かい探してみると土地宝典が有りました。
宝典は見にくいので有名?ですが何やら斜めの細い線が有ります。
コレッっぽい。聞いた話と同じ線です。
が、残念ながら軌道の記載は有りませんでした。
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間違いの無いと確認して、島田市役所に出向きました。
租税の関連で古い図面を納税課では保管している例が多いので
伺ったら大ビンゴでした。
宝典と同様の斜めの線が有り、そこには地目の雑種地の下に軌道の名称が記載されていました。

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此れ等に依り確かに「横井軌道」が存在していた事は間違いの無い事実でした。

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が、正式に何時作られ、何時廃止されたかは以前として不明ですが、聞いた範囲での話では
明治30年頃加藤製材が出来、戦後間もなくの頃廃止となって居る様です。
また、その廃止された要因として大井川のダム建設により水運での木材の運搬が不可能になった故らしいですね。
そこで、加藤製材は島田駅西側の所で鉄道に依る運搬し、新たに製材業を開始した様です。
が、外材の流入やら清水への製材業の変遷やらで島田全般的に製材業が衰滅してきました。

地元でも忘れ去られたこの「横井軌道」,島田軌道同様歴史上の重要点として残しておきたい物です。

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by micmacbig | 2017-12-14 06:09 | その他の鉄道 | Comments(0)

横井軌道 その後

地元でも殆ど知らないらしいこの「横井軌道」ですが、どうやら暗礁に乗り上げた様です。
そのルートは在の古老から点と点を繋ぎ合わせ完全では無いが判明していますが開始時期や撤去時期等の詳細に関しては不明なままである。
島田市役所で伺うが当然知らない、書類も無いでお手上げ。
島田駅でも同様。
資産を監理している末裔の加藤企業ですらもそれらの記録は残っていないし記憶も無いと。
これでは、もりかけ問題と同様ですよ。
まあ、私企業の軌道ですので致し方が無いと言うしか。

諸事情でマルハンの場所から島田駅西側の現在駐車場になっている場所に移転して操業していてJRからの引込線が有り
材木を運んでいたらしいがその引込線も何時頃引いて廃止になったかの資料も現時点では判明して居ない。
将に四面楚歌の状態である。

S氏より頂いた島田駅の構内配線図です。
この加藤商事と書かれているのが引込線と思われます。
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昨日の当地の写真です。
引き込んだと思われる部分が膨らんでおります。
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傍に住んでおられるご婦人にお伺いすると昭和の50年代と記憶しているが材木を運んだり下ろしていたのは見た事が
有るが何時頃線路が無くなったかとかは記憶が無いとの事。
やはり、近隣でも関心が無いと記憶は亡失してしまいますので。

かの地で製材業を止めてから大阪セメントに貸してあった時代が有った様です。
このページに詳しく出ておりました。
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-d85a.html

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恐らくこれ以上のデータは出て来ないと危惧しております。





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by micmacbig | 2017-11-23 06:29 | その他の鉄道 | Comments(0)

横井軌道を歩く

RMライブラリーの井川線を久しぶりに読み返した時、以前は気がつかなかった「横井軌道」と言う単語が目に付いた。
「島田軌道」は有名ですがさて、横井?
確かに島田駅南地区も昔は製材業は盛んだったから運ぶ為の何かが有っても不思議では無いなと思いやおらググってみたが
何も引っ掛からない。
で、お膝元の島田図書館で検索しても単語一つも出て来ない。
さてさて、それは何だろう?でお得意のアナログ作戦で駅何地区を彷徨くが知らないの一点です。
すると、通りから右にカーブしている小路が有った。

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これは古くから有った小路に違いないのでここに住んでいる方に聞けば何かヒントが得れそうだと
家並みを物色すると(空き巣ではないですよ)とあるお宅に目が付いた。
伺うと、何とビンゴでした。
84のご主人は列車は見た事は無いが家の畑の横に線路が有ったのは覚えていると。
それは、現在のマルハンの方に進んでいたとの事。
で図書館で入手した昭和14年の地形図を見させると恐らく此の線だろうと教えてくれた。

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その日は他の用事が有った為、後日その先を徘徊。
この横井地区は都市計画に依って大幅な改造がされている地区ですが奥の方に進めばまだ昭和のテイストがプンプン臭う素適な地区です。

すると、何やら通りから斜めのお宅が有った。これって臭いなとお伺いにお邪魔するがお留守。 残念なり。
辺りを彷徨くと一人の古老が畑をしていたので伺うと其の方はお嫁に来た時には線路も無かったがそんなのが走っていたと話は聞いたとの事。
それはやはり先程のお宅の辺りらしい。

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そして、その先に進むと駐車場の先に斜めのフェンスを見つける。
そこにはご婦人が草取りをしていたので伺ってみると、やはり見た事は無いがこの辺に有った事は聞いた事が有ると。
そこは先程の家から繋がります。

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そしてその先を進むと眼前に横井の古老がお話ししたマルハンが有ります。
広大な敷地です。が、駐車場の形がしつかり区画されていない様な何やら昔のそのままを感じました。
そして、其の道路の草むらがそれこそ昭和そのものです。
確かにこれは臭いますね。

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このガードレールは何だろう。道路拡張でも有るのかな?とその先を見るとここのお宅の方だろうと思われる古老が居られました。
空かさずお聞きすると、大ビンゴでした。
当時からここにお住まいでこのトロッコにも乗った事が有るとの事。
このガードレールとマルハンとの間が軌道跡とのお話でした。
道路はその昔から有った様です。
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それは、現在のマルハンが当時は「加藤製材所」という大きな製材屋さんでした。
ここで製材した木材を島田駅に運ぶ為の専用線だったんです。
その西側には現在では伺う事が出来ない貯木場が有り、大井川を使って運び入れたんでしょうか?


その詳しい内容に関してはまだ判明しておりませんが「横井軌道」が確かに有りました。

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by micmacbig | 2017-11-19 05:45 | その他の鉄道 | Comments(0)

大井川鐵道 居林駅跡を探る

以前五和在住の方からお聞きした「居林駅」ですがどうも異なる様なので色々探索してみました。
駅の存在は前述官報や千頭駅SL資料館の掲示して有る説明板にも記述されているので存在していた事は明らかです。
が、その位置を探るのは山と川に鋏まれた歩行困難な場所ですので歩いて行く訳にも行かず、列車の中から探索するしか無い
とんでもない場所です。

幸い鉄道線路には距離標が打ってあるのでそれを目安に列車から確認してみました。

先ずは、距離の計算からです。
官報に依れば分岐点から居林まで1.6マイルなので2.56kmとなります。
また、五和から分岐点迄0.5マイルですので0.8km
従って五和から居林は3.36km距離に有る事となります。
金谷から五和迄は5.0km故金谷からの距離は5.0+3.36=8.36kmの位置していたと思われます。

そこで、列車から動画として撮り帰宅してから再生しながら距離標を確認しました。
が、なんせゆれは大きいしi phoneでの動画撮影なので明確さに欠けます。
で思いついたのがスローモーションでの再生でした。
すると同速では見えなかった数字がややはっきりと認識出来ますね。
それは昔遊んだ45回転のドーナッツ板のEPレコードを33回転に落として聞いたのと類似します。
見えました。

先ずは8キロポストです。

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続いて8.1キロ
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8.2キロ
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8.3キロ
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で、8.4キロと
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YouTubeにアップしたのを静止画画像としてキャプチャーしたので時間の推移を認識で来ます。

この短い白い杭で3の所が8キロ300メートルの場所になります。
山側の方に孤を描く様に拡がっております。

また、この地点になると川に近くなる性か列車はギアを落とし減速します。
従って減速を感じたらああ、この辺に昔駅が有ったんだな〜と感じて下さいね。

そもそも。この居林駅は蒸気機関車の給水の為に作られた駅ですので乗客が来なくても大丈夫な駅と言う事になります。
当時、ここには水量豊富な沢が有り給水にはもってこいの場所だったんでしょう。
まだ開通前の明治時代の地形図ですが大井川に流れ込んでおります。

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まだまだ解明しなくてはいけない点が有りますが取りあえずキロポストを確認しましたと言う事で。

是非皆さんも大井川鐵道に乗車してこの居林駅を探索してみて下さいね。


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by micmacbig | 2017-11-17 18:30 | その他の鉄道 | Comments(0)

福用 高熊林道 木馬道

大井川鐵道の御立ち台で有名な福用の林道です。
第5御立ち台迄はすんなり車でも行けますがそこから先は昼なお暗き素人だと怖さをも感じる深い林道と化します。

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この林道が昔は山の木を切り倒し島田迄運ぶ為の木馬道として林業の隆盛に貢献しました。
今でこそ軽トラなら何とか入れそうな山道ですが当時は「ウサギ道」と地元からは称された道無き道を金馬という材木を運搬する
道?を造り人力で川迄下ろしたそうです。

先日地元で教えてくれた方がわざわざ書いてくれたスケッチです。
当然初めて聞く名前と見た物でした。

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大変危険な仕事で組んだ金馬の隙間に落ちて材木にぶつけられて命を落とした方は多かったそうです。
その代わり給金も高く上手に川迄運べばサラリーマンの数倍の稼ぎが有ったとも聞きます。
福用の大井川流域には貯木場が有りそこに貯めて筏を組んで向谷まで運びました。

当然向谷に集積した木材は加工され島田軌道で島田駅迄運ばれ全国に拡がり島田は木都として繁栄した事は有名です。

帰路、島田の川越博物館に御邪魔して当時の金馬や切り出す為の道具の数々を拝見しました。

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尚、撮影の許可とプログへのアップの許可は頂いております。

写真に関しては一応この1枚とさせて頂きます。
是非拝観して下さいませ。
場所は
です。


重機やトラック等の無かった時代の人の手のみでの作業の大変さがひしひしと伝わって来ました。
其の金馬に付いて詳しく説明した書籍が販売されております。

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ご興味有る方は是非とも本館の方で販売しておりますのでご一読される事をお勧めします。
定価は1200円でした。
島田軌道に関しても知らなかった情報、画像が転載されております。


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by micmacbig | 2017-10-15 18:13 | その他の鉄道 | Comments(0)

幻の居林駅

大井川鐵道がまだ千頭迄開通していない頃「居林駅」が存在していたとの情報で足を伸ばしてみました。
家山迄が1928年12月1日に開通でその翌日12月2日に廃駅となったとの事。
先ずはウェブ調査から
お馴染み官報からは開通時のデータが。
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そして家山迄開通しました。
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その廃止日に関しての記載は見出せませんでした。

当初は横岡から伸びていたと解釈して大井川流域に存在している筈と解釈してウロウロしましたが該当箇所を見付得なく
困惑していましたが、五和在住の方からお話を頂き現在の本線上に存在していた事を伺いました。
お話では国道沿いのガラス屋さんの麓との事。
空かさず行ってみました。

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見れば茶畑の間に農道が有ります。
ここを下りれば線路に近寄れますね。

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見れば言われた様な雰囲気も有ります。が、通り過ぎてしまう可能性100%の所です。
仮にここが例え貨物駅でもどんな使い方をされた駅だったんでしょうか?
ちょっと不明です。

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貨物駅と言えばお馴染みの「新川西駅」がうなぎの積み込みで有名ですがあそこは頷けます。

う〜ん ミステリーです。

まあ、ここが確かだと言う公的根拠は有りませんので単にここだと言う古老の話の範囲ですので。

福用迄の距離が2.5kmとの事ですので金谷〜福用間が12.3km
引き算をすれば9.8kmの位置に存在していたとの算数になりますが・・・・・

また、横岡分岐点から2.6kmとのデータも有りますが・・・・・・
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基本的に線路沿いに歩く事は御法度なので行きようも無いです。
このガラス屋さんの所がそうだと言う根拠が欲しいですね。



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by micmacbig | 2017-10-07 02:35 | その他の鉄道 | Comments(0)

久々の横岡駅、家山駅

五和の変電所から伸びていた最初の大井川鐵道横岡駅迄の水路に当時の痕跡が有るとの事で
お世話になっているT氏と共に行って来ました。

当初、飯でも食べながらで麺奏心で落ち合う約束でしたが何となんと大行列。
あんな袋小路の様な立地ですが流石グランプリのお店です。
恐らく30分は絶対に待つだろう位の行列で諦め大井川傍のカレー屋さん「ガンジス川」で昼食。
正解と言うか何と言うかで空いていました。
で、ゆったり本場のカレーを満喫。
まあ、ナンのデカさ!!でも美味しくてぱくぱく完食出来ました。
カレーの辛さも選べて11辛をチョイス。
でもそんなには当方には辛く感じませんでした。次回は13辛にでもしてみようかな。
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腹も一杯になりで出発。
最初は五和の引込線跡を。
すると運良く近鉄君がやってきました。ラッキー!
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五和の痕跡を探索。
お〜こいつだな。
発見。
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見ると大鐵の用地杭もしっかりその痕跡を残してくれていました。

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横岡駅跡を目指します。
確か何時ぞや来た時にはレールが数本置いてあったんですが無いです。
がっちゃんが食べたんでしょうか・・・
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(これは以前の写真です)

そこから家山に足を伸ばし台風で流された旧のピアを再会。
で、流れの中にこんな物が。
当時の橋梁の痕跡でしょうか?

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T氏と別れ帰り道ですので廃車置き場に行って来ました。
鳩の無惨な姿です。
このままでは自然に全てを食いつかれてしまいそうです。

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ホキは来たばかりなんでしょうか?
まだしっかりしてそうです。
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う〜ん ここに来る度に心が痛みます。

御親族の方から順に・・・・・・・・・・・・










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by micmacbig | 2017-10-01 16:31 | その他の鉄道 | Comments(0)

塩江温泉鉄道 その後

駿遠線もそうでしたが、現在と当時と完全に姿が異なる地区は多々有ります。
当時を知っている方はその変容ぶりは理解出来ても初めて訪れると図面その他を見ていても
何が何だか理解出来ない事ばかりでした。
最初は「新相良駅」でしたね。
何で、交差点の真ん中に駅が有るんだろう?????
塩江線の川東地区もそうでした。
有名な龍満池も当時とは異なる様相でした。
現在の川東小学校は池を埋め立てて設立しました。
従って、当時の地形図を基に歩いても地理感が掴めず何回もうろうろしたんです。

当時の地形図です。

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そして、1947年の航空写真を見ると、それ程の変容は感じ得ません。

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が、1963年に入ると段々埋め尽くしが始まって来ています。
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そして、1970年には現在に近い形で変容して来ました。
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又行って歩きたくなりますね。






これじゃあ、ウロウロするばかりです。

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by micmacbig | 2017-09-29 02:32 | その他の鉄道 | Comments(0)

塩江温泉鉄道彷徨う

以前から気になっていた展示会にとうとう行って来ました。
今回は名古屋から夜行バスで高松行き。
ゆっくりは寝れませんでしたがお陰で1日有効に使えました。
6時に高松到着。

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先ずは何と言っても腹ごしらえ。
前回美味しかった「味庄」に直行。
かけうどん大270円をチョイス。
徳大にしたかったですが、この後何店か行きたいので。我慢!
やはり美味い!讃岐の味が守られております。

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そして、琴電で仏生山迄進行。
昔はココに築港駅が有ったんですが・・・

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途中の光景は???ばかり、分かるのは駅名なりの悲しさ。
で、到着。う〜んこの勇姿は美しい。

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確かに幅が広い。駿遠線の約倍の列車が塩江迄行ったなんて。
唯一の広軌のガソリンカー軽便です。

では、出発します。前回車で行った道を今回は歩いての探索。

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この廃線路は「ガソリン道」と地元では称されております。
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当時の地形図を片手に進むが変容しているので理解が出来ない点が多々。
先ず「船岡駅」だが地形図では分からず。
すると、ゴミ出しのおばちゃんが尾らえたので得意のアナログ路線でお訪ねしてみる。
すると。ビンゴして。
また、ご主人がご幼少の頃この鉄橋から列車が来る直前に川に飛び込んだと言う駿遠線でもお馴染みのお話をしてくれた。
当時はどこでも同じなんですね。

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次の「浅野駅」は検証出来ず。
バス停の所との解釈が有りますが、地形図からはこちらの空き地の様ですが・・・

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次回の宿題ですね。
駿遠線も当時の駅が現在のバス停に進化しておりますのでそうかもしれません。
が、大洲駅の例えが有りますのでさて、審議の程は・・・

段々登り勾配となってきました。
眼前に伽羅土トンネルが待っております。
ここはお馴染み塩江線の最大の遺構でしょう。

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トンネルに尽きましたが。其の前に「伽羅土駅」を認識するのを忘れ一旦戻り地形図と照らし合わせると
判明しました。この駐車場の所でした。
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前回は北側だけの拝見でしたが、当然今回は南側も挑戦です。
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物の記述には泥濘んでいて近寄れないとの事でしたが草も刈られていて地面もしっかりしていました。
中は荒れていますね。

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真ん中はコンクリートで固めてありますがレンガ積みです。
確かイギリス積みとの事。
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近所の方にお話を伺うとトンネルの中で悪さをする子供達が居るので閉鎖したとか。
また、夏は涼しいので村の襲が宴会をしたとか。
色々なお話が聞けました。

がここから廃線路が確認出来ずウロウロして龍満池に向かうと近所のおじさん達が立ち話。
しめしめと割り込みお話を伺うと又又超ビンゴで快く色々案内してくれました。
目の前の工事現場が廃線路となり当時の橋台が有りました。

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現在はその上に嵩上げして湖岸補強しておりますが、一目瞭然。

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そして、池の周りの植え込みの所を走り南に進んだと。
また、トンネルからは真っすぐ進みおじさんの家の進入路は半分廃線路だったと。
これは、帰路お聞きしたお話ですがこの現州の所が廃線路で隣りの方と半分ずつ購入したと草を買っていたおばちゃんがお話ししてくれました。

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やはり、地元の方のお話が一番ですね。

池の周りを撫でる様に進んだ塩江線ですが川東の地区に入るとこつ然と廃線路は姿を消し、建物や農地に変容してしまいました。
近隣の方にお伺いするが詳細は掴めず。

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まあ、歩き疲れも有るのでおうどん食べて香南町に矛先を変えました。
名前は忘れましたがココのうどんはあまり芳しくないですね。

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第1部終了。

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by micmacbig | 2017-09-24 02:09 | その他の鉄道 | Comments(0)

更に続きの湖上駅。

同じ列車なので運転手さんも車掌さんも行きと同じ方でした。
井川線の良い所は各名所などを車掌さんがアナウンスしてくれるんです。
まあ、観光列車の意味合いが強いのでリピーターを獲得するのにやはり必要と感じます。
また、駅のスタップや保線の方々とか手を降ってくれて大変親しみ深い物が有ります。
やはり公営では無いので一つ一つの営業努力で繁栄を勝ち取らなければなりませんので
是非皆さんには大変ですが頑張って頂きたい物です。

で、行きにトラブった関の沢トンネルも何事も無く過ぎ、念願の湖上駅に到着。
今回は私のみでした・・・
車中会話した方々と手を振って別れいざ湖の上を。
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やはり何と言っても旧線ですね。
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県道も眼上に見れます。
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湖を渡るとそこには60度は有るのか急勾配の階段が有りました。
恐らく旧線の方に近づけるのかな?と願い登って見ました。
お〜これは確かに急だ!!
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下を見ると氣の弱い方なら気絶するかも。
まあ、其の前に登れないかな。

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でもその代わり絶景は間違い無いです。

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時間もまだ余裕が有るので遊歩道を進み362側に行ってみました。
やはり、お勧め所だけあって更に絶景です。
平日と言うのに他府県ナンバーも何台か。

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ちょっとアップで。

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で、旧線を追いながら千頭に向かいます。

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帰りは近鉄君です。
南海君よりハイグレード感も有りますがギシギシ音が凄いです。
まあ、それも味っていうやつです!
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例の車のCMで更に有名所となった場所です。

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それは喜ばしい事ですが物の日になると茶畑の中に入り込んで撮影する方もいるとの事で
この様な常識を越えた悪行する方は来て頂かなくても良いですね。
やはり、どんな世界にもやって良い事悪い事があります。
赤信号は赤信号です。
きちんとマナーを守って撮影しましょう。
と自分にも言い聞かせております。

2日間有効ですので本日も可能ですが残念ながら行けません。
又何時の日か行ってみたいです。

ある意味昭和を感じさせました。
大井川鐵道で新聞を各駅に配達する様です。
聞くと朝夕一緒との事。
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こうして楽しい静岡迄の旅は終りました。









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by micmacbig | 2017-03-16 07:26 | その他の鉄道 | Comments(1)