カテゴリ:その他の鉄道( 90 )

岳南鉄道よお前もか

製紙の町 富士、吉原の中心交通である岳南鉄道が経営のピンチに立たされているとの事です。

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聞くと、収益の1/4を占める貨物運輸が中止との事。
大きな転機に直面した。
これも時代だからで済まされてしまうんでしょうか。
何か駿遠線の後期、末期を見ている様な感がします。
味のある、歴史を持つ個人商店が大きな商業施設に押されて廃業する姿なんでしょうか。

頑張れ!頑張れ!! 岳南鉄道!!!
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by micmacbig | 2011-12-03 09:10 | その他の鉄道 | Comments(4)

さあ、牛妻目指して行って来ます、最終回

さあ、後もう少しです、頑張れ頑張れ 安、倍、ちゃん!
最後の力を振り絞って進んでいくと程なくしたところに賎機中小学校が見えてきました。
その手前の門屋同然川が山のほうに行っている処に「中澤駅」が有りました。
此処からは最終の牛妻銀座であります。

当時は大変な賑わいを見せたとの記録があります。
料理屋、旅館、その他安倍奥から来た人たちがここでゆっくりしたんでしょうね。

そこから、県道を横切って一本西側の現在歩行者専用になっているのが廃線路となります。
何か割と普通パターンですね。此処は!

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この突き当りがその「牛妻駅」です。

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さあ、着きましたよ最終駅の「牛妻駅」です。
かなり広大な敷地です。

やはりここもバス停になっています。
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材木なんかを置いたりしていましたのでやはり広い土地が必要なんですね。
保育園の辺りからスタンド辺りまで有りました。


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でも、駿遠線と同様モータリゼーションの波に呑まれ、昭和の7年にその幕を自ら閉じたのである。
井宮までのさよなら列車には一人の乗客も乗らずにお別れとは寂しい寂しい安倍ちゃんのお話でした。
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by micmacbig | 2011-11-23 09:01 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その5

福田谷でみかんを一杯食べたはずの安倍ちゃんはここでもお菓子をたらふくほおばり満腹となって満足顔で下村を後にしました。
さあ、ここからは勾配も段々ときつくなります。
頑張らなくっちゃ!と力んでくれたかは解りませんが次の駅である「大土手」を目指し進んでいきます。

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やがて鯨ヶ池が右目に見えてきました。
でも、ここには大きな土手が待っていました。
難所の一つです。
例えれば駿遠線の「跨線橋」の様な。
ヒーハー・ヒーハー言いながら何とか超えることが出来ました。

ここも、第2東名やらアクセス道路やらが林立していてとても数年間も感じさせないくらいの変容ぶりです。
喘ぎ喘ぎ上り詰めた岩崎宅の畑部分にその「大土手駅」は有りました。

さあ、後もう少しです。
大土手をでた安倍ちゃんはそれまで安倍街道の西側を仲良く並走していましたが、
前面に門屋の浄水場を見据えると、吸い込まれる様に県道を斜めに横断して今度は東側をこれまた仲良く進んで行きます。
どの様な理由で東側に行ったかは解りませんがここに、その痕跡が見て取れます。

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安倍鉄道史に拠れば橋桁が残っているとの記載が有るがはたして現在では不明です。

門屋川に挟まれて北上した安倍ちゃんを待っていたのは、門屋川が山側に大きく蛇行して開けた中心地の
「門屋駅」であった。
無人駅ではあったがかなりの乗降客が有ったと聞く。
ここもご多忙に漏れず現在は門屋のバス停となっています。

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by micmacbig | 2011-11-23 08:23 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その4

さあ、みかんを食べて元気が出てきた安倍ちゃんは次の駅である「下村」駅目指して進攻しました。

此処からの道中はみかん畑が連なっている穏やかな平野部分を安倍街道に沿って仲良く行きます。
チョット見ると痕跡など見当たらないようですが、どっこい ちゃんと有る所には有るんですよ。

最近は殆ど繋がってしまっていますが時々覗かせますよ。
県道に沿って1m位の帯状の植え込みを見つける所が有ります。
これが廃線路なんですね。

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こんなのや
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こんなのも

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そうこうしている内に着きましたよ!
今一番変容している地域の下村に。
数年前には想像出来ない風景です。

このバス停が「下村」駅です。

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で、向かいの稲葉菓子店です。

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ここでお母様が書かれた紀行文を頂きました。
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by micmacbig | 2011-11-19 09:52 | その他の鉄道 | Comments(2)

では、牛妻目指して行って来ます。その3

さあ、勢いでもう1丁行きましょう。

写真の梅の屋から土手を過ぎると免許センターのバス停を左に見ます。
ここに水神橋という安倍鉄道とは関係の無い橋が有りますが、そこから南を見るとお~~~
これが生き残り証人です。(ベニスの商人とも関係無いですよ)

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その北側です

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有りましたね~

かなりの勾配でした。ぼちぼち一服したい安倍ちゃんです。

そしたら、見えましたよ。お休み所が。
そうです唯一入れ替えが出来る「福田谷駅」です。
かなりの広さを誇っていました駅です。
山本運送前のみかん園の所が嘗ての駅でした。

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何かの名残なんでしょうか?

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やれやれ、やっと一服できたよと喜びながらみかんをほうばる安倍ちゃんでした。
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by micmacbig | 2011-11-18 10:33 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その2

上り勾配に段々疲れを覚えた安倍ちゃんは殆ど直進で秋山川の土手を駆け上がり、松富団地に到着しました。

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ここからは道としての存在は無く家と家の境を走り抜けます。
漆畑宅と及川宅との間からやや変則では有りますが安倍街道に平行しながら御新田駅目指します。

何処でも言えると思いますが現在では道が無いのにその過去を見つけるのには、ゼンリン何かの地図には
何らかの境として赤の点線で記されております。
ここは、現在は当然ですが、過去には違った形で姿が有った事が偲ばれます。
道であったり、水路であったり。
そこから判断、指針が浮かび上がります。

そのまま進むと井上アパートの西側を抜けて上伝馬の嘗てのリカーバーン、現在の100円ショップ「レモン」の所に出ます。
ここの北島歯科の所が「御新田」駅となります。
隣の望月美容院では切符も販売して草競馬が開催される時期は大忙しだったと言います。

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ここから、レモンの中をショッピングしながらスーパーもちづきの駐車場を抜けてやっと現在の道に出ます。

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ここからは、この水路がキーワードとなりますよ。

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すると、眼前に「役場前」駅が見えてきました。
今までは、小学校の西側の駐車場部分との解釈でしたが、

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新たに入手した下村の稲葉様(下村駅の前で営業していたお菓子屋さん)からの資料によりますとその先の井上宅前の山田宅or橋本宅に役場前の駅が有ったとの記載が有ります。
 役場前に関しては現地調査は未着手です。
尚、その役場とは現在の日星石油のガソスタと思われる。

そのまま、賤機南小学校の西側を進んで行くが当時はその小学校の中を進んでいたと見られます。
小学校のHPにはこんな件が書かれております。

昭和10年 4月 1日
安倍鉄道の敷地を購入し校地拡張


とすると、大きなカーブを描かないと駐車場部分には行き着きませんのでどうやら駐車場説は間違いの様相です。


そして、太陽建機レンタルの裏側からはたまた登り勾配を駆け上がり免許センターの土手を越えていきます。

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大分お疲れモードの安倍ちゃんです。

この安倍鉄道もご多忙に漏れず、線路に砂をまいたり、乗客が後押しをしたという駿遠線と同様のお話を聞きます。どこでも、そうだったんですね!
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by micmacbig | 2011-11-18 09:59 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その1

井ノ宮駅を出発した安倍ちゃんは現在では住宅地となっている中を煙を吐きながら進み、やがて、西松屋に到達する。そこでベビー用品を買うのかは知らないが突き進んで行き県道大川 井川線を越えて静銀と日本製茶との境界線を定期預金でもするかのように進み、生協さんの横の薩摩土手をを通り抜けて井ノ宮小学校はたまた籠上中学校を左目で見ながら真っ直ぐな線路を北上して行った。

やがて美和街道にぶつかるが何も無かったようにそのまま北上する。だがここから区画整理の波に呑まれて嘗ての廃線路はその姿を変えてしまう。
が、大凡は嘗ての姿が残されているので付け替え道路として進んでいくしか有りません。

こぐま保育園を右に見据えるとその左手に菖蒲南公園が出現する。
この菖蒲が嘗ての駅 菖蒲谷駅の名残である。
と言う事は駅に近づいた証になるんでしょうか。
現在の昭府町は当然この菖蒲から来ているがその謂れは聞いていない。

ここまでは進みやすかったですね!

眼前に廃線路をズタズタにした静清バイパスが現れている。
ここからは車では進めないので安倍街道の方に大きく迂回しなくては向こうに行けません。

安倍ちゃんはその道をバイパスの中をほぼ真っ直ぐに進み、新栄道路標識の資材置き場辺りに現れる。
そこから、昭府2丁目の菖蒲公園を左目に見ながら、いよいよ最初の駅(と言っても殆どが無人駅でしたのでバス停の様な物ですね)「菖蒲谷駅」に向かっていった。

尚、各駅は安倍街道のバス停にその姿を変えている所が多いので比較的検討が付きますね。
駿遠線もそんな感じでしたね。
但し、大洲駅は異なっていましたが。

ここは、「リリー幼稚園」です。

さあ、いよいよ「菖蒲谷駅」です。
公園の斜め右側にその駅は有りました。
進入路となっている部分は当時の路線部分と察せられます。

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安倍ちゃんはこの地域の水路に沿って北上していました。

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そこから、北を眺めると松富団地のシンボルが見えます。

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宅地化された住宅地を秋山川目指して段々上り勾配で苦しさを感じながら次の「御新田駅」を目指す安倍ちゃんです。

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by micmacbig | 2011-11-17 09:35 | その他の鉄道 | Comments(0)

安倍鉄道史

図書館で希少な書物を見つけました。
海野実さんが書かれた「安倍鉄道史」と言う書物です。
貴重な写真が今昔として転載されておりますがなんせ発刊が1973年ですので更にの今昔が必要です。

それらに拠るとやはり当初は片羽町75番地地先道路にと記載されていますので安倍街道上を行きたかったんではないでしょうか?
静清信用金庫のある辺りです。

前荻野静岡市長も通学に利用していたとの事です。
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by micmacbig | 2011-11-13 04:01 | その他の鉄道 | Comments(0)

安部鉄道

以前から気にはしていましたが特には行動を出さなかった静岡の安部鉄道ですが、何か思い起こして現地に行ってきました。

大正5年(1916)4月14日に開業したと言うこの安部鉄道は井ノ宮から牛妻までの9.6kmの路線を抱え
主に材木の輸送が主流として走った762mmの軽便鉄道です。

この1916年と言うと藤相線がまだ遠州川崎まてしか開通していない頃ですね。強いて言えば藤川線とでも
申したでしょうか。

当初は片羽町かを起点とする計画でしたが用地買収の点で井ノ宮が起点としたとの話があります。
ちなみに片羽町のどの辺りだったんでしょうかね?

全線単線で中間の福田が谷駅に交換設備が有った様です。
ゆくゆくは静岡駅まで乗り入れられるように許可は下りましたがやはり時代の波と言うことで昭和9年(1934)10月30日その幕は下ろされた歴史のある超レアな路線です。

約2~3年の時間差はありますがあの「岡部線」と兄弟みたいなものですね。
岡部線が弟になりますか!

廃線路も岡部線と異なり北半分位が市街化調整区域なので、極端な開発が進んでいないので
大凡の目星が尽きます。

大凡安部街道と併走しながら北上しております。
途中8つの駅がありましたが単に止まることの出来る程度の物であったことは駿遠線と同様単なるバス停の様なものらしい。

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ルート、各駅はまだイメージの段階です。

ルートに関してはまだ現地調査をしていないので何とも言えませんが、何らかの形でその姿が残っている箇所が多いです。

本日は起点駅である「井ノ宮駅」です。
住所的には静岡市葵区井宮町6-1となります。
現在「赤石」という会社があります。

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聞いた話では会社の建設の際地中から幾多のレールが出てきたとの話です。
近所でも同様のケースが有ったと聞きますので間違いは無いでしょう。

現地に行きますと恐らく個人で作られたんじゃないかと思われる掲示がフェンスに掲げて有ります。

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この辺り一体が駅であったと想定されます。

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ここから、小さな軽便は上り勾配で牛妻に向かって行ったんですね!
現在判明している路線は水道町の生協よこの薩摩土手を抜け井宮小学校や篭上中学校の前の道がその発展系で現存しております。
これから順次解明していきたいと思います。

が、市役所でも探しましたが当時の路線を示した「土地宝典」が見つかりません。
市役所に有ったのは廃線後と思われるので記載無しでした。
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by micmacbig | 2011-11-11 08:27 | その他の鉄道 | Comments(4)

久々の人車鉄道

昨日の新聞に「人車鉄道」の講演会の記事が載っておりました。

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講師は昨年蓮花寺で行われた時の森先生です。

まちづくりの方にお伺いしたら、講演内容は前回と同様なお話らしいです。

解明出来得るかは不可能に近いこの「人車鉄道」です。
解明の糸口を森先生も御尽力を尽くしているとの事です。

一言で言えば、焼津の西町から現県道30号線に沿って藤枝の大手迄の道のりだが、
西町駅は一応解明されている。
が、藤枝駅は解明が出来えていない。

公図関連にもその固有名詞すら存在していないので難しい部分が存在する。

が、当方の観点では以前にも書きました様に国道一号線手前の「山本製茶」前辺りが藤枝駅と
断言したい。

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軽便とは異なり人車鉄道なので然したる建物も必要は無いだろうし
駅と言っても待合スペースが有れば良い位なので。

それと、大井川鉄道のマスコットが登場です。
(人車鉄道とは関係ないと思いますが)
目に青葉です。
これから大鉄さんは忙しいシーズンになりますね。

私には、初鰹で一杯の方が良いですね。・・・
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by micmacbig | 2011-04-29 08:30 | その他の鉄道 | Comments(0)