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森氏の講演会

仕事の段取りを早々に片付け12時に終わり、一路蓮華寺に向かいました。
60人の先着順というので昼飯は近くのコンビニ弁当を買いとにかく受付をと足を早めたら12時35分には博物館に着いてしまいましたがもう4~5人ほどの先輩が席に着いておられました。
 で、一旦車に戻り弁当を食べて会場に戻ると先ほどよりは多くの方が見えていました。
多くは年配の方ですが、お若い方も見えていました。
きっと「鉄道マニア」の方ですね。

1時半になり、いよいよ森先生の講演が始まりました。
特には柔らかく、時には強くの口調で講演慣れしている流暢なトークで題名にあります「志田地域の鉄道軌道」についてお話をされました。
 藤相線についてはもっとお話しをされたかったようですが次回阿形先生の講演会が有りますからとさらりと触れただけにして 「藤枝・焼津間軌道」のお話をメインにしてあっという間の1時間半でした。
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終わってから質問を受け付けなんやかんやで30分ほどの大サービスでした。

以前、図書館で森氏の著書を読みましたが今の30号線の所を人車鉄道として走っていたようです。

軽便関連の知っている顔は見当たりませんでした。
やはり範囲が鉄道という広い範囲からなのでしょうか?

次回の阿形先生の時には多くの方にお会いしたと思っております。

時に津波はどんなんでしょうか???
心配ですね。勧告が出ている地域の方は居られますでしょうか?
何もなく過ぎ去って欲しいですね。

スキャナーがオンボロなので見にくいですがご勘弁を。
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by micmacbig | 2010-02-28 16:46 | 地元・地域関連 | Comments(4)

フィギアスケート

昨日の13時から14時までは多くの日本人の話題が真央ちゃんコールだったと思います。
SPで嘗てない差をつけられて超大逆転しなければトップに立てない状況の中で大きなプレッシャーを背負いながらの真央ちゃんを皆が応援していたでしょう。
 もちろん私もその一人でした。

時間の関係でテレビ観戦は出来ませんでしたのでラジオでの応援となりました。
アナウンサーの解説だけでは状況が掴めませんでしたが普通の演技と素晴らしい演技とでは解説するのに
力量が違ってきます。
 キム・ヨナの時には完璧すぎる演技に自らが感心しているように受け取れました。
そして、結果は最高得点でした。
SPをテレビ観戦したあの時のそのまま延長でしたね。
 で、真央ちゃんの時には「素晴らしい」の形容は有りましたがキム・ヨナの時のようには伝わってきませんでした。
 やはり、結果は大逆転出来ませんでした。

キム・ヨナが大失敗してくれたらと思うことはスポーツの世界では不純な事ですが、そう思っていた人は私を含め多かったんじゃないかと思っています。

 でも、よく頑張ってくれました。自己新記録でもありますし。
ミキティーが一寸残念でしたね。
鈴木明子さんが8位入賞できたことは大きな喜びです。
すごいですね!!3人も8位以内なんですから。
長洲未来さんも含めれば4人の日本人が入賞なんですから。

ご苦労様でしたとエールを送ります。

話は変わりますが博物館の写真はOKなんですね。
では、今度は撮ってこよお♪♪♪
13日の時間が取れました。
今度はどんなお話かな 楽しみ~楽しみ~楽しみ~
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by micmacbig | 2010-02-27 05:15 | 四方山話関連 | Comments(1)

郷土博物館に行ってきました。

念願の博物館に24日の午後行ってきました。
博物館そのものは何度となく行っているので特にの感激はありませんでしたが、当方にとっては初の軽便企画展(博物館として)興奮 わくわく!でした。

  先ずはお迎えしてくれました。
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 これも、それもお迎えでした。
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                   相変わらずの雄姿です。


そして200円の入場料を払いいつもとは逆の左側の展示室に進むとそこは駿遠線としての大パノラマが展開されていました。
 展示室は写真撮影が禁止さtれていますので画像は有りませんが文芸と鉄道の大コラボが待ち受けてくれました。
 その一角に「阿形ワールド」がこれでもかと展開されていました。
誠に先生のご努力には頭が下がる思いで常に一杯です。

そんなこんなで1時間位八木館長と談話も交え有意義な時間を堪能しました。
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by micmacbig | 2010-02-25 05:52 | 駿遠線関連 | Comments(3)

日ノ出町からの分かれ目

藤枝新駅から国鉄より借地することによって現在の青島家(もっとも今は変わってしまったが)の所に新藤枝駅として新たなる駅で再スタートした大手線はそのまま藤相線と並んで東に向かい鈴木床屋の裏手から大きく左に弧を描き北上して三笑亭(その後の日の出旅館、現在は空き地である)から小川木材を抜け、星野資材のすぐ裏手から青島・焼津街道を渡っていく。
 そして原川宅より左に弧を描きレオパレスを抜けて児童公園の南側をRを奏でながら島田信用金庫の西側、杉村ビルから222号線に出現して当初の軌道のご対面して川田宅の東側を北上してその時には廃止された青木駅に向かって行く。

また、昭和32年の国道1号線の開通により進路変更を余儀なくされた新の大手線はその原川宅をそのまま北上してサンマルコービル辺りより北東にカーブして花村医院を抜けお好み焼屋と志田塗料との間よりそのまま油井自動車を対角に縦断して小石川の所で田沼古道と遭遇する。
 
そして、大手線は古道と仲良く手と手を繋ぎ合ってふれあい大橋までをランデブーして行く。

藤相線は鈴木床屋を出て、程なくすると現在の静鉄マンションを右にカーブして八木宅前の電信柱辺りでそのまま東に向かい33号線を横切り一路宋乗寺に向かう。
霊峰富士を前方に見ながら松並木の中を進む姿は美しさを示す場面である。
蛇足ではあるが、この地域では軽便列車の事を「レイルカー」と呼んでいたそうです。f0212142_5305238.giff0212142_531537.gif
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by micmacbig | 2010-02-25 05:32 | 駿遠線関連 | Comments(0)

旧の大手線

ここ最近藤枝郷土博物館にての軽便展で話が盛り上がっているので、本来「古道」ネタではあるが、何でもありということで(酒ネタも出てしまったので)軽便ネタで書こうと思います。

昭和32年に国道一号線の開通に依り進路方向を余儀なくされた大手線であるが、この新の路線に関しては、後ほどにして最初の大手線に関してはなかなか資料を収集出来なかった。
駅近隣で伺っても最初から青島旅館の所と思っている方が多数でした。
そりゃそうですよね。なんせ大正時代の話ですから。

現在の道すがらからひも解くと藤相線であった道を西に引っ張るとスルガ銀行に辿り着く。
ここが当初の藤枝新駅と当方は信じていた。
が、それは大きな間違いであり、現在の道すがらは区画整理により当時とは大きく変化していることまでは
気がつかなかった。

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1972年の住宅地図です。
この年代までは旧、旧の大手線(え~、ややこしい)の廃線路が残っておりました。
が、1975年(?失念しております)には区画整理でありませんでした。
養老の滝なんかがある駅前の1本東側の道がそうですね。
駅跡は現在駐車場となっていました。
そこから北上して222号線を超えて川田宅(元医院)までは何とか拡幅されても残っていますが、
そこから北の青木の地区は壊滅状態で家の真ん中を走っていました。

が、救いの道はまだ完全に区画整理が完了していないので地図上では家々の中を境界線が書き現れています。
現状では1軒の家が2丁目と3丁目の様に両方を持っている形になっています。
区画整理が完了してたら現在の道で描かれますので、その時は完全に廃線路は末梢されてしまいます。
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by micmacbig | 2010-02-22 05:53 | 駿遠線関連 | Comments(1)

これはお勧め品です

先日、某K**マートにて発見。すかさず購入いたしました。
本家「開運」は何度か飲みましたがこれは初めて。
お値段何と1680円大変と魅力的です。
「開運」が確か1900円くらいですのでリーズナブルですね。
「開運」の持つ一寸濃厚なテイストはありませんが、流石土井酒造!
負け時劣らずの味わいでした。
決して後良いせずさわやかな酔い心地でした。
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「礒自慢」の大吟醸とは天地がひっくりかえっても拝めませんが、これだったら毎日でもいけますね。

それと、「喜久酔」もいいですね~。
もちろん普通種です。

高いものは当然美味しいですが、貧乏人の私には普通種で選ぶのが喜びです。
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by micmacbig | 2010-02-19 05:48 | 食べる・飲む関連 | Comments(3)

博物館企画展

本日の新聞に企画展の行事の一つである鉄道唱歌の記事が載っておりました。
41番まであるこの歌はあの「汽笛一斉 新橋を♪♪」の替え歌と言うんでしょうか?
各駅の描写が歌いこまれ状況が見えるようである。
以前藤枝市が作成したビデオテープにその歌が流れています、
博物館ではそれを毎日流しております。
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また、先日の藤枝広報ですが裏表紙に大々的に宣伝しております。
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私は唱歌には仕事で行けません。う~ん残念である。

新聞ネタばかりですが西部版に袋井市の予算についての記事があります。その中に軽便メモリアルパークについて触れていました。
  http://www.shizushin.com/news/local/west/20100216000000000030.htm
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by micmacbig | 2010-02-18 05:06 | 駿遠線関連 | Comments(7)

藤枝郷土博物館の企画展

田沼古道ネタではないですが、藤相線関連で今月の20日から蓮華寺にある藤枝郷土博物館にて「駿遠線としての企画展」が開催されます。
 今回のテーマとして、今まで近辺の開催は有ったが、全線と言う事で袋井までの「駿遠線」として広範囲な開催となり、そこに小川国夫氏他の文学作品等をコラボしてグローバルに行う点と云います。
 また、28日には森氏に依る講演会、そして3月の13日には大御所である阿形先生の講演会と大目玉があります。

当方も、時間をやりくりして何とか28日は確保出来ました。
関連者にお会い出来得る事を楽しみにしております。

当地に来られましたら池のそばにあるさくらのパンがお勧めですよ。f0212142_5332565.jpgf0212142_5341236.jpg
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by micmacbig | 2010-02-14 05:36 | 駿遠線関連 | Comments(0)

所感

駆け足で書き上げたブログでした。キチンキチンとやれなくてやる時には駆け足でやってしまう性格です。
小学校のときからそうでした。夏休み遊ぶだけ遊んで間際になってからやいのやいので宿題をやった事。
三つ子の魂何とかです。

で、今回調査をして一番感じた事は資料の少なさとかとかではなく、その古道が生活と融合している事である。藤相線に関しての探索は民家から離れているので支障はないが、古道の場合は民家の軒先とか、畑の真ん中とか、例えそれが官地であったにしても洗濯物が目と鼻の先とかでプライバシーが丸見え君な事であった。
 例えマナー良く探索してもプライバシーに入り込む要素がある。
言い換えれば尾瀬に出向きルート以外に入り込んでしまうとの大同小異です。

従って、探索時には近隣の方には必ず挨拶を交わす事は条件の一つと言っても良いだろう。

今回の探索に依ってこの年をして大きな勉強をさせて頂いた。
関係者にはこの場を御借りして厚く御礼を申し上げます。
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by micmacbig | 2010-02-12 22:01 | 田沼古道関連 | Comments(0)

第7楽章 相良地区 最終

いよいよ本丸に近づいた古道は大江地区に突入する。
砂地の畑を乗り越えた平田地区は波切り不動を擁す古い町並みが続く地域である。
矢部宅と今村宅(この地域は矢部、今村、坂口性が多い地域なのでややこしいが)真っ直ぐ西進して
民宿炆一の所にぶつかる。ここ間の道は以前は道として存在していたが。宅地化の波に飲まれ
消滅してしまった。
 そこから下りこう配の山道を進み、坂口宅で左に折れ旧道とぶつかり、そのまま旧道を萩間川に向かってすすんでいくが、やおら萩間川の手前の神谷宅クランクに曲がり波切り不動の入り口に出る。そこから坂道を左に進んでいくと墓地のある交差点となる。
 この交差点が数少ない古道と藤相線との交差点である。
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そして、天明時代に流行った疫病で亡くなった子供達を埋葬してあるこの墓地の所に何時頃立てられたかは不明だが田沼街道との標識がたっている。

ここから、神谷宅と矢部宅の間を進み小川に沿って西に曲がり再び藤相線を横切って増田宅と紅林宅の3叉路を左に行ったかと空かさず左に曲が又また藤相線を交差して今村宅の西側から旧道に出てそのまま旧道を進み港橋を渡って目出たく大和神社に辿り着き7里の道のりを恙無く終了した。f0212142_1725573.jpgf0212142_17304260.jpg
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by micmacbig | 2010-02-10 17:32 | 田沼古道関連 | Comments(3)