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岡部線探索記Ⅲ

デザートのケーキを頂き満腹感で「サクラ」を後にして次の目的地「横内駅」を目指したトリオは、
仮宿の陸橋を渡り、野原商工の東側の小路に入る。

左に高い背のフェンスを見ながら進むとグランドの中に小高い土を盛った様な物が有りました。
これが、廃線路の成れの果てです。
当時はこの高さで朝比奈川まで築堤が続いていたとの事です。

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下当間の電柱ラインと葉梨川沿いの桜の木とこの築堤を結んだ線が岡部線となります。

そこから、現在の道路を斜めにクロスして廃屋の南側から朝比奈川の手前のお墓をかすめる様に進み
朝比奈川に出ます。

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ここに、大相撲の標識がありましたがどんな内容だったんでしょうんね?

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そして困難を極めた朝比奈川を渡った岡部線は当時どころか数年前をも忍ぶ事も不可能な感を持つ
横内地区に侵入する。

何時ぞや迄は廃線路を利用して細長く住宅が立ち並んでいたので探索は容易かったが、
現在では困難の一時である。

岡部線はこの標識辺りで川を渡り左に緩やかな弧を描き白鬚神社に向かって行った。

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ここの処で前回廃線路を読み違えてしまった。

さて、白鬚神社の所には保存会により岡部線を中心にした案内図が有るので探索には容易いと思う。

何か、この石畳が当時の駅をトレースしてある様に感じたのは考えすぎでしょうか。
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トイレ休憩も済ませ、国道1号線に沿うように進み、バイパスを潜りぬけるとそこからは
工場群、商業施設等で覆いかぶさり遠目で眺めるしか無い地域である。

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そして、高田薬局を左に見つめるとそこからまっすぐな小路を見つけることが出来る。

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ここが、岡部地区で唯一しっかり残っている歩ける廃線路となる。
が、入り口のお宅が出っ張っているような感じは何故なのかは判明していない。
宝典ではややカーブしている様にも感じられるので現在の姿のままでないことは確かと思う。

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私道と思われるこの小路は手が入っていない関係で昔を彷彿させる箇所があり、何とも風情を感じさせる場所である。

その小路を抜けると嘗てのマム、現在のKOマートがそびえ立っている。
岡部線は駐車場と建物の間くらいをその進み、小学校に突き当たる。

ここに、それらしい空間が有るがこれは単なる空き地で隣のお宅を斜めに突き抜け

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サッカーゴールの辺りから町民センターに向かっていく。

そして、小学校を左目に進むととうとう到着しました。
あの「駿河岡部駅」です。
大凡、玄関辺りに駅が有りました。

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建物で全景は臨めませんが宇津ノ谷の山筋が当時を物語っております。

大手から、約4.8kmの探索でしたが、路線、駅後が確認でき09年度版の住宅地図に落とすことが
出来ました。

これも、阿形先生のご指導の賜物と感謝しております。
また、現役鉄道マンのo氏によるプロとしての図面の読みが確信に繋がりました。

ここに、お二方に厚く感謝を致します。

で、帰りはなかなか来なかった中部国道線のバスで帰りました。
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by micmacbig | 2010-11-28 04:45 | 駿遠線関連 | Comments(4)

岡部線探索記 Ⅱ

すったもんだして水守駅を確認しましたが、宝典を読み違いで結局は当初予想していたポイントの近くでした。
考えすぎ、読み過ぎですね。

さあ、ゴールはまだまだ先ですので次の目的地「八幡橋駅」を目指すトリオです。
この先は、区画整理もそんなに進んでいないので推測がしやすかったです。

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そこからは、如法寺の北側をお寺を避けるように道路に沿って進み望月宅の柿の木辺りを抜けて

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やや右カーブ
を描きながらコアパレスひろはた右横の畑を抜けて現米村宅である「八幡浜駅」にたどり着く。


ここには、広畑の保存会に依る標識がその駅の存在を示しているが、長年の風月で見るも無残な姿に変容している。
個人ではなかなか出来ない事なので、財政のない当市であるがやりくりしてその費用を捻出していただきたいと願うのは軽便ファンばかりでは無いはずである。

また、道路を挟んでの竹田宅の進入路は廃線路を利用しています。

さあ、もうじきお昼になります。
もう一段階です。頑張ろう!

その、竹田宅からは田んぼやら住宅の中を進みますので離れた道路からあの辺を通っていたんだねと推測しながら進みます。

そして、上当間の廃線路に当たる所の畑にお婆ちゃんたちがおりましたので、お話を伺うとしっかりと、「お~軽便はここを通っていたんだよ」と具体的なお話が伺えました。
そして畑の中に入らしてもらい「砂利が多いだよ!」との事。
ここから、そこが線路だったことが証明できます。

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その反対側です。

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畑ですのそのままでは進めませんので例によって大きくぐるりと迂回して延長線に出ます。
この辺はほぼ直線で進んでいますので検討がつきやすいですね。

そういえば、岡部線は割と直線が全体的に多いですね。

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そのまま延長します。

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その向こうには道路が見えております。
ここが、貴重な車でも通行可能な廃線路です。

葉梨川を左に見ながら、公民館、幼稚園、小学校と広畑の文教地区を通って行きます。

もつかの間、片山宅からは田んぼに変身ショーとなってしまいました。

が、宝典に拠ればここもほぼ直線で行っていますのでそこの電信柱を目印に延長すれば取り付け道路までは推測が可能です。
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さあ、ここで楽しみなお昼となります。
ひょっとしたら、このお昼タイムが本日のメインだったかもしれません・・・・・・・

何処にしようか??で「玉蔵」のラーメンも良いけれど男3人に相応しいかは疑問ですが「サクラ」にしました。
流石女性が多いです。
まだ、12時前なんですが車は一杯でした。

料理の写真は撮るのを忘れていましたのでここは割愛します。

でも、確かにグランプリを取っただけの内容、魅力はありますね。

余談ですが、良く途中の法の橋の表示版がありませんでした。
何か意味があるんでしょうかね~???

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さあ、腹ごしらえもしたので「横内駅」を目指します。
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by micmacbig | 2010-11-26 05:56 | 駿遠線関連 | Comments(0)

紅葉見物

探索記を一休みして昨日お袋と紅葉を見に一寸遅いですが行ってきました。

興津から52号線を北上して身延から300号線を上がって行きます。
ここからのワインディングロードがスリリングとまではいきませんが楽しめます。
(別に元族ではないですよ!)
ドライブフィーリングもさることながら、この300号線沿いの紅葉が見事なんです。

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西富士(139号線)みたくあまり車が来ないからグーですね。

下部温泉郷辺りから山々のグラディエーションが鮮やかになってきました。

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山の登るにつれそのグラディエーションと共にカーブはきつくなってきます。
ギアーを一段落としてアクセルペダルを踏み込みカーブを曲がる感覚は
興奮物です。

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残念なのは「iちゃん」はオートマなのでそれほどの感覚はないですね。
やっぱ マニュアルでないと・・・・・

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そして中腹です。
眼下を見下ろすほどではありませんが、山全体がグラディエーションに包みkまれています。

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そうするうちに本栖湖畔に辿り着くました。
ここに展望コーナーがありますが、大勢の観光客が訪れていました。
当然カメラを持ちその向こうにある霊峰を写していました。

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でも、通の方はもっと他にビューポイントがあるらしいです。

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そこから139に出て北上して鳴沢に行ってきました。
ここの道の駅が有名でそれこそ多くの方が訪れていました。
地元の野菜やら名産品が並んでいますが、皆な敵のように買っていました。

来年もお袋と行けたらと願っています。
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by micmacbig | 2010-11-25 04:15 | ドライブ・旅行関連 | Comments(2)

岡部線探索記

心配していた雨も上がり予定通り午前9時に大手駅から岡部駅までの探索に出かけました。

先ずは大手駅に進入する所です。
当初は車道側だと教えられ(聞き違い、勘違い)ていた廃線路は車道側ではなく歩道橋から駐車場の部分です。

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そして廃線路はガソスタ、戸田書、静銀と当時と同様経済の中心地としてその存在を表している大手駅の中を東に向かいます。

そして道路を渡ると嘗ての繁栄を物語る映画館の痕跡を見せてくれました。
上手く利用していると言うか

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また、そこから左を眺めると国1を挟んであの人車鉄道の藤枝駅が垣間見れます。
懐かしい響きですね~

東を見ると何時ぞやまでは山下工業さんが有ったところは時代でしょうか、住宅地になっていました。
それと、名店「ちゃっきり」も無くなっていました。
寂しいですね~
その間を抜ける部分は現存する廃線路です。

が、それもつかの間廃線路は中央自動車さんに取り込まれてしまします。

岡部線はそのような所ばかりで、歩くことが可能な部分は数か所して有りません。

そして、農学校前の手前の道を何気なく曲がったら、何と言うことでしょうか!

車での探索では決して曲がることのない道ですが、やはり歩いてですので見つけたんですね~
恐らく現在は個人としての所有と思われますが間違いのない廃線路です。
若干はずれてはいるかもしれませんが。

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そこからホンダプリもを突き抜けぐぐっと右にカーブして国1を渡りキャタピター三菱の門を潜ります。

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すると、長く「軽便道」と親しまれていましたが、依る宅地化でその姿を消滅しそうな水守地区に入ります。
藤枝市で青木地区以上に区画整理が進み、以前でも探索は困難だった地区です。
住んでいる方々でも以前何処に何が有ったか判らない浦島太郎地区です。
当然、痕跡のこの字もありません。

従って旧道の形やお寺さんとかから判断するしかありません。

今回は昭和7年の「土地宝典」を基に探索しました。
とても、現在の住宅地図だけではニッチもサッチもいきません。

とは言っても昭和7年当時の宝典ですので簡単には教えてくれません。
あっちだ こっちだ うろうろしてやっとです!
見つけました!

幻とも言える「水守駅」です。
地元の方にお伺いしても軽便が通っていたことは知っていても
ここの地区に駅が有った事を知っていない人も結構いました。

「お~ 軽便は通っちゃーいたけんど 駅なんか有っただかや~」
「おい、おみゃーは知っていたずらや~」
「お~ おらも知らにゃーでよー」

やはり、「三人寄れば・・・」の如くです。

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駅の形は適当です。悪しからず。

今回感じた点は、以前調べた事の一部は間違っていた事です。
単に、人がこう云っただけで結論付けるのは誤りあり、土地宝典なり公図で確かめないと
決定づけてはいけないことを再認識しました。

人の記憶や判断ほど不安定な物はありません。
確かなのはそれを書き表した書面、図面です。
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by micmacbig | 2010-11-24 03:38 | 駿遠線関連 | Comments(0)

昔の写真

納戸の整理をしていたら昔のアナログ写真集が出てきました。
当時は撮ったフィルムをカメラ屋さんに持って行って現像してもらったんですよね。
確か1枚当たり20何円したんですが。
焦点が合わず何を撮ったのか判らないやつとか、ピンボケのやつとか
そんなのも20何円係ったんですから考えてみれば高っかった物です、

現在ではそんなのは「あっ こりゃ~マズいや」で、デリートしてしまえばいいんですが。

そんな中、当時の車の写真が出てきました。

それまでは、セドリックのY-30に乗っていたんですが、とある駐車場に止まっていたVolvoを見て一目ぼれになりました。

何としてもVolvoに乗りたい!
思いは馳せるばかりでした。

そんな時とある話があり[譲りますよ!]との事。
迷わず譲り受けました。

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それが1号車の1979年の244GLでした。
この丸目2灯のフェイスが一目で中ちゃんボルボと判る特徴でしたね。


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ボルボ特有のこのいかつい四角ばったフォルム。
これにしびれました。

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運転していてのフィーリングはおっとりとした出足 走行感!
独自の哲学の様な俺は俺!みたいなユッタリズム!
トップレンジに入るとこれでもかの加速感。

セドリックでは味わえなかった車に対する認識、哲学
満足させられる物でした。

また、大きな体に似合わず小回りが効くんですよね。
かえって「iちゃん」よりも効くような気がします。

が、何か新しい物の方が良いなと感じ、ボルボ・カーズで1990年の240GLに乗り移りました。
さすが、今の車です。
きびきび感、機能性は満足させる物でした。

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比べてみるとそのフォルムの変容が解りますね。
それを近代的とでも云うのかな。

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でも運転していく内に何かもの寂しさを感じるようになったんですね。
新しいから不具合は見つからないですが何か無機質的で冷たい感なんです。

やはり今迄の車のように会話したいなと感じだしていた時、函南で見つけました。
1978年の264GLEです。
結果等価交換の形で手に入れました。

画像が見つからないんですよね。
何処かにしまい忘れているのかね

ライトグリーンのカラーが好きでした。
V6エンジンがカンタービレを歌うのはSLの蒸気を吐く音に共通しています。

You Tubeより
 http://www.youtube.com/watch?v=uvu5AuuVn-8
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by micmacbig | 2010-11-18 05:03 | 四方山話関連 | Comments(2)

やったぞ 眞鍋ジャパン

いや~ とうとうやりましたね。

あの東洋の魔女から何と32年目に悲願のメダル獲得です。
ついつい 勝利の美酒が一杯増えてしまいました。

山の神「おいおい どさくさで追加するなよな~~」

メグちゃんが活躍できなかったのが残念です。(メグ~!)

でも、誰もが凄いですがリベロの佐野の働きは殊勲賞物です。

ブラジル戦でもあと3点でしたっけ。
もしかしたら銀以上も可能でしたから。

お疲れ様でした。

やっぱ眞鍋監督の i pad作戦が功を奏したんでしょうか。
今度7インチi padが発売される予定です。
これに電話機能が付いたら鬼に金棒なんですが。
ジョブズさ~ん ものすごく儲かったんだから考えてくださいよ!
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by micmacbig | 2010-11-15 06:03 | 四方山話関連 | Comments(0)

田沼古道 平田地区

ニアミスした意次達一行は海側に進路を取り神谷宅をぐるりと回り、お墓のところに出た。

このお墓は天明時代に疫病で亡くなった方々を葬っている。
そこに「田沼街道」の碑が有ることは有名であり、軽便探索やプログの大先輩である城東電軌様の探索記事にも写真が掲げられている。

そして北側から回ってきた藤相線と3度目の遭遇をして、古道は山側にかけ登って行く。

ここから、榛原にかけては山側を古道は進んでいるが、別に山側が好きであったというよりも、当時は海岸線がかなり奥まであり、必然的にこのルートを取らざるを得ないと考えられる。

それは、ここからの道がこんなに高度があっても砂地が殆どであるということです。

ちなみに藤相線も当時は片浜から太田浜辺りは海岸線で波打ち際であったが現在では埋め立てでかなり
南側に海岸線が移動している。

山に登った古道は波切不動を左に見ながら

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やおら右にググ~ト進路を変え

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クランク、クランクとくねくね曲がり
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当然ここも砂地なのでここからの探索は健康にも最適な場所であります。
旧道に達する。


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ここからは旧道を真っ直ぐのどかに東に向かいますが、国道150号線に合流する手前で一気に北に進路を変え又山側を進んで行く。

山裾の坂口宅より山に沿いながら東に進路を変え進んでいくと山側前方に民宿文一を見出す。
その地点から嘗ては細い小路が有ったが宅地化に伴い消滅してしまった。
また、ここに田沼街道を記した碑が有ったが、工事の最中にどこかに消えてしまったとの話である。

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そこから神谷宅までの数軒は宅地化されて通行は不可能だが、その東側坂口宅からは細い小道が存在していて通行、探索は可能です。

言わずもがな、車では不可能な事は明白である。
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ただ、残念なのはこの辺りはコンビニが無いので早く大洲まで辿り着きたいと焦る意次達一行であった。(笑!)
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by micmacbig | 2010-11-13 05:06 | 田沼古道関連 | Comments(2)

相良大江の古道

久々の相良です。
風が強かったですが日差しは暖かでしたので歩くのには適していました。

資料館に車を置き大江地区を再探索に行きました。
古道と軽便の両方でしたのであっちこっちです。

港橋を出発した意次達一行は、まず旧道を萩間川に沿って行きます。
が、やおら左に曲がりくねくねと行っています。

真っすぐ行けば良いのにと思うんですが、恐らく上新田等と同様行けない地形的な訳が有ったと考えられます。
それは、当時は駿河湾がもっと山寄りまで有って湾が大きかったと考えられます。

従って、その手前で曲がり湾をグルリと回って行ったと想定します。

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そして北に進むと藤相線とのご対面です。

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この大江地区は地形の関係でしょうか数少ない遭遇点が3箇所もあります。
ちなみに他は榛原と藤枝ですね。

そして、杉山宅の所から右に進み、又藤相線とクロスします。

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現地に行くと杭が打ってあって車では通れないのが藤相線で、古道は車でも通行できます。

こんな、ニアミス場面も有りました。
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この橋の幅で軽便は行き来していたんですから如何に小さかったかが想像できます。
奥の軽自動車との比較がよく判りませんが軽より小さいみたいですね。

又、相良駅からの道でおなじみ用地杭を見つけました。
ここが当時線路だった証ですね。

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by micmacbig | 2010-11-11 06:08 | 田沼古道関連 | Comments(2)