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静波~神戸 探索紀行

一連の探索ツアーの静波~神戸間が昨日行われました。
これは、阿形先生をリーダーとして袋井から区間を決めて歩いての探索ツアーとなります。
当方は前々回の千浜~浜岡に参加しました。
結論から言うと此処の区間が一番ミステリアスで楽しめた箇所と受け止めております。

さて、今回は榛原町役場に集合してさあ、出発です。
今回は何時ものメンバーにハーレーライダーのI氏が加わり5名での探索です。

此処の区間も何度と無く通った所ですので面白みはあまり感じてはいませんでしたが
おっとどっこい!大きな間違いでした。
やはり、歩かなくては見つかりかません。
単にあの辺を通っていたんだなの感では細かいところは見つかりません。

今までの認識が違っていた部分も有りました。物足りない認識の部分も有りました。
歩行者専用の部分はピンポイントしか歩いていなかったのでやはり新鮮味が有ります。

見つけたのは例の用地杭です。
先ずは静波駅を出て直ぐの所です。

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こんな所にもありますよ。こんな形で!
こりゃ 余程でないと解りませんね。
今回はその余程なんです。

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次は田沼街道手前の中山ガスの所です。
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今まで何度と無く通った箇所ですが気が付きませんでしたね。

やはり、これはスペシャルメンバーとも言える面々の計10個の目が有ったからだと思います。
個人だけの力は微々たる物です。
やはり「3本の矢」です。

榛原病院から根松駅までの道程が変則的にジグザグしていますが、今まではそんな物だとしか認識していませんでした。
純粋というか単純と言うか。

で、現地調査を掛けて見ました。

すると、判明しました。
線路としては真っ直ぐ走っていましたが廃線後町が買収して当時の排水路不足を解消する為に
この様な変則的な水路を作ったからとの事でした。
また、根松駅跡も公民館を建設する予定でしたが結局民地になってしまったとの経緯が有ったとの事でした。

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やはり情報は多種方面から集めないといけない見本みたいです。

そこから上吉田まで行きそこで楽しい楽しいお昼ご飯です。
で行き着いたのが役場前の「八木秀」です。
折角の吉田ですからうなぎと行きたいところですが時間の関係で「ミックスフライ定食」にしました。
牡蠣、チキン、白身魚、海老と盛り合わせさっくり上がった食感は選んで正解の満足感でした。

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また、ここは田沼古道に面したお店でもありました。

さあ、お腹一杯となり上吉田駅から再び探索です。
普通ですと「この公園が駅ですよ」で終わるんですが、何せこのメンバーですからここからあそこまでと縦断面図から想定します。
周りから見れば怪しげな一行と写っているでしょう。

小山城を横目で見ながら、湯日川を探索、ここに用地杭があるとの情報が有りましたが見つけることは出来ませんでした。
時間差攻撃でも有るんでしょうか?

そして、神戸駅へ地下道を潜り駅で記念写真。
今尚、当時の面影を残している歩行者専用を長閑に歩き、最終地点である大井川岸辺に到着です。
ここでも写真集の場面をめぐってああだ、こうだの激論、流石のメンバーです。

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そして、神戸まで歩いて戻りバスで静波まで乗って本日の充実した一日が終わりました。

本日感じた事。やはり歩かなければ真の姿は見つけられない!!
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by micmacbig | 2011-11-28 07:37 | 駿遠線関連 | Comments(4)

さあ、牛妻目指して行って来ます、最終回

さあ、後もう少しです、頑張れ頑張れ 安、倍、ちゃん!
最後の力を振り絞って進んでいくと程なくしたところに賎機中小学校が見えてきました。
その手前の門屋同然川が山のほうに行っている処に「中澤駅」が有りました。
此処からは最終の牛妻銀座であります。

当時は大変な賑わいを見せたとの記録があります。
料理屋、旅館、その他安倍奥から来た人たちがここでゆっくりしたんでしょうね。

そこから、県道を横切って一本西側の現在歩行者専用になっているのが廃線路となります。
何か割と普通パターンですね。此処は!

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この突き当りがその「牛妻駅」です。

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さあ、着きましたよ最終駅の「牛妻駅」です。
かなり広大な敷地です。

やはりここもバス停になっています。
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材木なんかを置いたりしていましたのでやはり広い土地が必要なんですね。
保育園の辺りからスタンド辺りまで有りました。


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でも、駿遠線と同様モータリゼーションの波に呑まれ、昭和の7年にその幕を自ら閉じたのである。
井宮までのさよなら列車には一人の乗客も乗らずにお別れとは寂しい寂しい安倍ちゃんのお話でした。
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by micmacbig | 2011-11-23 09:01 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その5

福田谷でみかんを一杯食べたはずの安倍ちゃんはここでもお菓子をたらふくほおばり満腹となって満足顔で下村を後にしました。
さあ、ここからは勾配も段々ときつくなります。
頑張らなくっちゃ!と力んでくれたかは解りませんが次の駅である「大土手」を目指し進んでいきます。

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やがて鯨ヶ池が右目に見えてきました。
でも、ここには大きな土手が待っていました。
難所の一つです。
例えれば駿遠線の「跨線橋」の様な。
ヒーハー・ヒーハー言いながら何とか超えることが出来ました。

ここも、第2東名やらアクセス道路やらが林立していてとても数年間も感じさせないくらいの変容ぶりです。
喘ぎ喘ぎ上り詰めた岩崎宅の畑部分にその「大土手駅」は有りました。

さあ、後もう少しです。
大土手をでた安倍ちゃんはそれまで安倍街道の西側を仲良く並走していましたが、
前面に門屋の浄水場を見据えると、吸い込まれる様に県道を斜めに横断して今度は東側をこれまた仲良く進んで行きます。
どの様な理由で東側に行ったかは解りませんがここに、その痕跡が見て取れます。

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安倍鉄道史に拠れば橋桁が残っているとの記載が有るがはたして現在では不明です。

門屋川に挟まれて北上した安倍ちゃんを待っていたのは、門屋川が山側に大きく蛇行して開けた中心地の
「門屋駅」であった。
無人駅ではあったがかなりの乗降客が有ったと聞く。
ここもご多忙に漏れず現在は門屋のバス停となっています。

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by micmacbig | 2011-11-23 08:23 | その他の鉄道 | Comments(0)

袋井までのバスツアーその2

さて、郷土博物館を出発して誰もが立ち寄る安藤塗装店にお寄りしました。
まだ安藤さんもお元気で当時の写真やらを皆に開放して見せてくれたり、お話をして下さいました。
何とかこの建物を保存しておきたい物です。
もう、屋根の瓦が無くなってしまった所もありました。

そこから、瀬戸川駅を見ながらふれあい大橋まで歩きました。

後はプログラムの如く駆け足で有名処を見学して、予定より1時間ほど渋滞に巻き込まれて帰藤しました。

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郷土博物館からこれを頂きました。
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袋井ではあの「なつかしの駿遠線」のパンフレットを1と2と頂きましたが皆さんその内容とボリュームに驚いておりました。
何せ、無料配布ですからね!
オークションに出したくなるのも解りますね。

限られた時間の中でポイントを絞ってプログラムを作成された博物館の皆さんとそれを監修して支障の無いようにコントロールしてくれた阿形先生たちの賜物と感謝を致しております。

私に取っては全てが今まで訪れた箇所ばかりなので物足りなさを感じた場面もありましたが
多くの方々とお話が出来、お知りあいになれた事が一番嬉しく思っております。

今後も、様々な形で色々な処に参加したいと思う次第です。
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by micmacbig | 2011-11-22 10:25 | 駿遠線関連 | Comments(2)

袋井までのバスツアー 番外編

まだ出発していないんですが突然番外編に突入です。

頂き物の焼酎です。
御前崎で取れたクイックスイートというお芋を使った地産地消の焼酎なんですよ。
製造は聖地鹿児島の山元酒造です。
5代で有名な酒造です。

御前崎は良~~い所です。
御前崎に乾杯!

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by micmacbig | 2011-11-21 19:18 | 駿遠線関連 | Comments(0)

袋井までのバスツアーその1

待ち望んでいた藤枝市主催のバスツアーが昨日快晴の中行われました。

9時に蓮花寺の郷土博物館で受付し、会費を払いパンフレット数種を頂きました。
その中でひょっとしたら本日のメインイベントとも言える御前崎市の広報を頂ました。
それがこれです。
PDFバージョンです。
 http://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/hisho/kouhou/201111.html
で、表紙をスキャンしました。

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地元の方でも解らないと思われる写真です。
桜が池駅と浜岡町駅との間です。
上りか下りかは判別できませんが、気動車手前が桜が池駅となります。
ゲートボール場を越えた辺りになります。
かなり高い所からのアングルですので北側の山頂からの撮影でしょうか?
当時はこんなに高い築堤を上っていったんです。
で、真ん中に穴が開いているような所が桜が池に行く参道なんです。
ですから、駿遠線は参道の上を行っていたんです。

最初に、大手駅のジオラマを作成した平口さんから当時の大手駅の様子などのお話を伺い、
バスに乗って袋井まで向かいました。
満員のバスには遠くは横浜、岡崎からも参加者がおりました。
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by micmacbig | 2011-11-21 18:23 | 駿遠線関連 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その4

さあ、みかんを食べて元気が出てきた安倍ちゃんは次の駅である「下村」駅目指して進攻しました。

此処からの道中はみかん畑が連なっている穏やかな平野部分を安倍街道に沿って仲良く行きます。
チョット見ると痕跡など見当たらないようですが、どっこい ちゃんと有る所には有るんですよ。

最近は殆ど繋がってしまっていますが時々覗かせますよ。
県道に沿って1m位の帯状の植え込みを見つける所が有ります。
これが廃線路なんですね。

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こんなのや
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こんなのも

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そうこうしている内に着きましたよ!
今一番変容している地域の下村に。
数年前には想像出来ない風景です。

このバス停が「下村」駅です。

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で、向かいの稲葉菓子店です。

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ここでお母様が書かれた紀行文を頂きました。
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by micmacbig | 2011-11-19 09:52 | その他の鉄道 | Comments(2)

では、牛妻目指して行って来ます。その3

さあ、勢いでもう1丁行きましょう。

写真の梅の屋から土手を過ぎると免許センターのバス停を左に見ます。
ここに水神橋という安倍鉄道とは関係の無い橋が有りますが、そこから南を見るとお~~~
これが生き残り証人です。(ベニスの商人とも関係無いですよ)

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その北側です

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有りましたね~

かなりの勾配でした。ぼちぼち一服したい安倍ちゃんです。

そしたら、見えましたよ。お休み所が。
そうです唯一入れ替えが出来る「福田谷駅」です。
かなりの広さを誇っていました駅です。
山本運送前のみかん園の所が嘗ての駅でした。

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何かの名残なんでしょうか?

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やれやれ、やっと一服できたよと喜びながらみかんをほうばる安倍ちゃんでした。
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by micmacbig | 2011-11-18 10:33 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その2

上り勾配に段々疲れを覚えた安倍ちゃんは殆ど直進で秋山川の土手を駆け上がり、松富団地に到着しました。

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ここからは道としての存在は無く家と家の境を走り抜けます。
漆畑宅と及川宅との間からやや変則では有りますが安倍街道に平行しながら御新田駅目指します。

何処でも言えると思いますが現在では道が無いのにその過去を見つけるのには、ゼンリン何かの地図には
何らかの境として赤の点線で記されております。
ここは、現在は当然ですが、過去には違った形で姿が有った事が偲ばれます。
道であったり、水路であったり。
そこから判断、指針が浮かび上がります。

そのまま進むと井上アパートの西側を抜けて上伝馬の嘗てのリカーバーン、現在の100円ショップ「レモン」の所に出ます。
ここの北島歯科の所が「御新田」駅となります。
隣の望月美容院では切符も販売して草競馬が開催される時期は大忙しだったと言います。

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ここから、レモンの中をショッピングしながらスーパーもちづきの駐車場を抜けてやっと現在の道に出ます。

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ここからは、この水路がキーワードとなりますよ。

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すると、眼前に「役場前」駅が見えてきました。
今までは、小学校の西側の駐車場部分との解釈でしたが、

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新たに入手した下村の稲葉様(下村駅の前で営業していたお菓子屋さん)からの資料によりますとその先の井上宅前の山田宅or橋本宅に役場前の駅が有ったとの記載が有ります。
 役場前に関しては現地調査は未着手です。
尚、その役場とは現在の日星石油のガソスタと思われる。

そのまま、賤機南小学校の西側を進んで行くが当時はその小学校の中を進んでいたと見られます。
小学校のHPにはこんな件が書かれております。

昭和10年 4月 1日
安倍鉄道の敷地を購入し校地拡張


とすると、大きなカーブを描かないと駐車場部分には行き着きませんのでどうやら駐車場説は間違いの様相です。


そして、太陽建機レンタルの裏側からはたまた登り勾配を駆け上がり免許センターの土手を越えていきます。

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大分お疲れモードの安倍ちゃんです。

この安倍鉄道もご多忙に漏れず、線路に砂をまいたり、乗客が後押しをしたという駿遠線と同様のお話を聞きます。どこでも、そうだったんですね!
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by micmacbig | 2011-11-18 09:59 | その他の鉄道 | Comments(0)

では、牛妻目指して行って来ます。その1

井ノ宮駅を出発した安倍ちゃんは現在では住宅地となっている中を煙を吐きながら進み、やがて、西松屋に到達する。そこでベビー用品を買うのかは知らないが突き進んで行き県道大川 井川線を越えて静銀と日本製茶との境界線を定期預金でもするかのように進み、生協さんの横の薩摩土手をを通り抜けて井ノ宮小学校はたまた籠上中学校を左目で見ながら真っ直ぐな線路を北上して行った。

やがて美和街道にぶつかるが何も無かったようにそのまま北上する。だがここから区画整理の波に呑まれて嘗ての廃線路はその姿を変えてしまう。
が、大凡は嘗ての姿が残されているので付け替え道路として進んでいくしか有りません。

こぐま保育園を右に見据えるとその左手に菖蒲南公園が出現する。
この菖蒲が嘗ての駅 菖蒲谷駅の名残である。
と言う事は駅に近づいた証になるんでしょうか。
現在の昭府町は当然この菖蒲から来ているがその謂れは聞いていない。

ここまでは進みやすかったですね!

眼前に廃線路をズタズタにした静清バイパスが現れている。
ここからは車では進めないので安倍街道の方に大きく迂回しなくては向こうに行けません。

安倍ちゃんはその道をバイパスの中をほぼ真っ直ぐに進み、新栄道路標識の資材置き場辺りに現れる。
そこから、昭府2丁目の菖蒲公園を左目に見ながら、いよいよ最初の駅(と言っても殆どが無人駅でしたのでバス停の様な物ですね)「菖蒲谷駅」に向かっていった。

尚、各駅は安倍街道のバス停にその姿を変えている所が多いので比較的検討が付きますね。
駿遠線もそんな感じでしたね。
但し、大洲駅は異なっていましたが。

ここは、「リリー幼稚園」です。

さあ、いよいよ「菖蒲谷駅」です。
公園の斜め右側にその駅は有りました。
進入路となっている部分は当時の路線部分と察せられます。

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安倍ちゃんはこの地域の水路に沿って北上していました。

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そこから、北を眺めると松富団地のシンボルが見えます。

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宅地化された住宅地を秋山川目指して段々上り勾配で苦しさを感じながら次の「御新田駅」を目指す安倍ちゃんです。

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by micmacbig | 2011-11-17 09:35 | その他の鉄道 | Comments(0)