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時期になりましたね。

昨日は暑かったですね。
将にこの情景が相応しくなりました。

湯上がりに風に吹かれて(ボブ・ディランとは関係ないですよ)冷たいビールをグイっ!
あ〜 最高!!

本日はこれにしました。

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何時もはノーマルですが目先を変えて これ。
ホップが表に来て其の後ろで繊細さがクロスしていけますよ。

でも、ノーマルの味が好きだね!
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by micmacbig | 2012-04-30 08:33 | 食べる・飲む関連 | Comments(0)

駿遠線 写真

何時もお世話になっておりますddさんからのオークション物ですが貴重な写真です。

機しくも社袋井駅が多い今回です。

先ずは「新岡崎駅」ですね。
新三輪方面から覗いております。
後ろの森は宗有寺でしょうか。
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現在 JAのセレモニアホールとなっている袋井工場です。
(確証は無いです)

新三俣っぽい感もありますが・・・
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尚、調べ直した所やはり「新三俣駅」の東端部分と判明しました。
写真右手の松林がポイントですね。


これがちょっと不明的ですが 大洲〜高州間の様でもありますし・・・
単線から複線に変わる場所ですね。
宿題とします。

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これも袋井駅です。跨線橋が見えますね。

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不明パート2です。大井川の感じが???
とすると上新田側を覗いている?
と言うか火の見やぐらが見えるから上吉田駅?

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言わずと知れた蒙古です。これも袋井駅ですね。

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違う角度からの蒙古です。

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明らかなる袋井駅です。

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あの当時貴重なカラーフィルムでのお写真です。
その栄華がこんなになってしまって。
寂しさは隠せ仰せません。
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by micmacbig | 2012-04-26 09:31 | 駿遠線関連 | Comments(2)

光明電鉄 中泉編

雨が降りしきる午前中ですが午後は別の用事が有ったので朝一で磐田入りしました。

市役所より区画整理図を入手して又ブルーマップと照らし合わせて行って来ました。
今回は時間の関係や雨天ですので近隣の聞き込みは無しで図面上だけの探索です。

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数年前までは廃線路が道路として残っていましたので探索は容易い場面と察せられますが、
現在では二ノ宮の交差点以南は全てが区画整理の波に飲まれて痕跡のこの字も残っておりません。
ゼンリンの地図には一部残っていますがあくまで地図上のみで現存はしておりません。
また、前述磐田西高校の研究資料にはそのルートが詳しく記載されていますが、あくまで当時としての記載です。(内容的には愛編素晴らしい研究書です。)

前回の堀之内軌道の菊川駅前も同様大幅な都市計画で数年前の痕跡も無かったです。
袋井の南口(通称 軽便口 予定)もどんなんなるんでしょうか?
浦島太郎状態でしょうね・・・・・

幸いブルーマップには嘗ての廃線路が字の境や都市計画区域の境として記載されている箇所か有りますので
それらを頼りに嘗ての地図や地積図と照らし合わせました。

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中泉駅を出た光電は東に向かいイーストフラッドの建物手前辺りから北東にカーブして遠鉄バスの駐車場に突入します。

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そのまま北東に進路を取り、公園を突き抜けます。  
当然この辺りは新しい家々ばかりですので名残は無いですね。

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ドルチェのマンションを右目で見ながらようやく光電は二ノ宮の交差点に突入します。
此所から先は変化は有りますが大凡廃線路です。
当時の路線を見るとややカーブも有りますので道路をはみ出している部分も有りそうです。
この辺は浜岡付近の150号線との絡みと似ていますね。

そのまま農高を左目で見ながら進むと右側に上水道水源管理センターがあります。

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ここに見落としそうですが光明電気鉄道の碑(?)があります。
垣根の合間で道路スレスレですので良〜く見ないと通り過ぎそうです。

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ここを通り過ぎたあたりからやや東にカーブしながら現在では住宅地となっている家々の中を進行して行きます。(具体的にはまだ調べておりません)
このまま進み国道1号線手前のアコムの辺り一角が遠州見付の駅となっております。

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何らかの事情で廃線路に家が建ち並び道路は新設されたんですね。
現在では加茂川の交差点に通じますが1946年の航空写真を見ると当時の道は交差点のやや東側を通っておりました。

行って来た感じは駿遠線の大手線にイメージが似ていますね。
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by micmacbig | 2012-04-23 16:05 | その他の鉄道 | Comments(4)

袋井駅よ お前もか!

駅前地区は都市計画で当時の姿が変容するのはどの都市でも同様で今始まった事では無いですが
ここ袋井駅でもとうとう数十年の歳月を経ていよいよその在りし日の姿が失われてきました。

数ヶ月前まではまだ「社袋井駅」としての姿が何故か?残っていましたが残念ながら其の姿は埋没してしまいました。

先ずは県道側から駅方面を見ております。
まだまだ民家は無事です。でも何やら前方に不気味なコンクリートの壁が立ちはだかっております。

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そして北口に抜ける地下道です。
何ともカラフルな防護壁で覆われております。

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国鉄から駿遠線に乗り継ぐ為の跨線橋はまだ健在です。
でも、駅跡を見ると無惨にも埋められてその嘗ての姿は無くなっております。

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この広大な埋め立て地は商業施設にでもなるんでしょうか?

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来年ともなるともう完全に嘗ての姿は其の程度まで残っているんでしょうか???
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by micmacbig | 2012-04-21 09:53 | 駿遠線関連 | Comments(4)

素晴らしい資料です。

先般訪れた光明鉄道に関して資料的な物を調べていると磐田図書館に磐田西高等学校の生徒さんが調べ上げた書物が有る事を知りました。
そして、昨日その書物を入手して中を拝見させて頂きました。
197pにもなる超大作です。

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当初、高校生さんが調べたというのでそんなもんだろうと期待していませんでしたが(失礼しました)
何の何の俗にいう専門家でも此所までの内容が書けたであろうかとの驚嘆するほどの内容でした。

単に歴史的見地を羅列している訳でもなくあらゆる範囲で調査してそのルートを解析しております。

各年度ごとの地積図も照らし合わせ近隣の聞き合わせと合致させている所は信頼度が高まります。

高校生レベルで此所までの高い内容に将に脱帽の感です。

次回この書籍を基にその悲劇的とも称されるそのルートを辿ってみようと思います。

惜しむらくは本書籍が磐田地区以外には存在していない事である。
せめて県立には置いて欲しいと願うのは私だけなんでしょうか。

昨日図書館に行きましたら有りました。
当方の検索が足りなかった様です

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by micmacbig | 2012-04-17 05:59 | その他の鉄道 | Comments(2)

いよいよ市議

あの駿遠線の研究家であります阿形先生が念願の市会議員の座を勝ち取りました。

派手さは無い地道な草の根作戦で活動した成果が昨晩見事大輪を咲かせました。

これで御前崎に軽便路線が新設されるんじゃないでしょうか!
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by micmacbig | 2012-04-16 06:44 | 駿遠線関連 | Comments(2)

桜も終盤となりました。

今か今かと待っていた桜も今回の暴れん坊低気圧であっという間に葉桜に変容しようとしていますね。
本日はその桜ではないですが、代わりに咲き出したのが「梨」です。
ここ志太地区は昔から「志太梨」の産地で、上新田駅や大洲駅などはその出荷で大変忙しかったとの話しがあります。

お隣の梨畑です。
残念ながら荒れ放題となっておりますので野性味溢れております。

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何の木だったか忘れましたが何方かに貰ったやつです。
若葉が目に優しいです。

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これからは緑が奇麗ですね。

廃線路探索にはうってつけの季節になりましたね。
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by micmacbig | 2012-04-13 08:23 | 四方山話関連 | Comments(0)

池新田から奥山まで

うすら寒さがまだ残る昨日ですが阿形先生の出陣式に参加した後、U氏、 O氏と共に堀之内軌道、光明鉄道、奥山線とピンポイントですが何と3線の探索に行きました。

先ずは、先週確率出来た池新田地区を軽く流しトンネルに向かいました。

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すると、先週では薮が凄くてとても行けなかったんですが、何故か我々の為に刈ってくれた様に端の方が行き易くなっていました。
 でも、掻き分け掻き分けですが。

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地面も段々緩く抜かるんできました。
長靴を一応持って行ったんですがそれほどの必要性は無かったです。
どうですか!この見事な廃線路は!!!

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そして、トンネルの開口部まで行き着く事が出来ました。

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あ〜 このトンネルを潜って行ったんだな〜
でも、かなりの勾配だから途中で止まるのもこれじゃあ止む終えないですね。
何とか整備して行き易くすれば観光の名所となるんじゃあないでしょうか。

でも、詰らなくはなっちゃうけれど・・・・・

そこから磐田に足を向け光明鉄道を見て、奥山線に向かいました。
この光明鉄道については城東電軌さんのブログに詳しく書いてありますよ。

急ぎ足で奥山線に向かい谷町の鉄橋に行きました。

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何時ぞやの新聞にも載っていました。
奥山線のNo.1の有名遺構らしいです。
廃線路も車道として多くが残され堪能できますよ。

駿遠線もそうですがこの奥山線はチャリ探索がベターと感じました。
特にこれからの季節は。

金指以南は殆どが道路や宅地となり遺構を見つけるのがなかなかですが引佐に入ると結構な物が有りますね。
この都田川の孫にあたる神宮寺川の鉄橋もそうですね。

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ちなみに奥山線はこの神宮寺川と井伊谷川と都田川と名前の違う川を3回渡っています。

四村に少し前まで駅舎が有ったそうですが、現在では有りませんでした。

観光地である竜ヶ岩洞の中に説明板は有りませんですが恐らく神宮寺川に掛かっていたと思われる線路部分が有りました。
左右がオフセットしているのが特徴です。

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そこから、先ほどの県道に戻り神宮寺川の橋を覗き込んで竜ヶ岩洞に有った此所に掛かっていたんではないかという橋桁を見て来ました。

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向こうまで行こうかなと思いましたが、私は引けてしましたが流石のO氏です。
何のためらいも無く忍者のごとく向こうまで行ってしまいました。

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こんなのも有りました。橋脚の上を撤去せず道路を造ってしまったんですね。
カーブしていますのではみだしてちょうど階段の様になっていました。

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公民館の前に奥山線の案内が立っております。

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この茶畑の所が線路跡だと農作業をしていた方から教えてもらいました。

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そこを左に曲がると奥山線の最終駅である現在バスターミナルとなっている奥山に到達しました。

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関係あるのか解りませんですがレールが無頓着に置いてあります。

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その右手には雉鍋が有名な(?)奥山半僧坊が控えております。

世が世なら金指から天浜線が分岐してこの奥山線として半僧坊に来たんでしょうが時代の波なんでしょうね。
1964年  中遠線と同じ頃その歴史を閉じました。 合掌!
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by micmacbig | 2012-04-09 14:47 | その他の鉄道 | Comments(0)

雛祭り

この地域は田舎ですので旧でお雛さんをします。
娘は東京に行ったっきりですので主人公抜きでのお雛さんです。

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お雛さんって有ると華やかですが出し入れが大変なんですね。

今日でお別れ、来年までさようならです。
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by micmacbig | 2012-04-03 09:05 | 四方山話関連 | Comments(3)

池新田の軌道と金指駅のプレート

1日は家の用事やらで動きが取れなかったのでその反動でもないですが金指から池新田まで回ってきました。

先般のオーナー制度に応募してそのプレートが3月末に完成したので先ずそれを見に行きました。
天浜線で行こうとも思いましたが池新田へも行きたいので今回は車での行程です。
最高のドライブ日和で山々の緑が目にも鮮やかです。
この時期は木々の若緑と赤や黄色の花々とが絶妙なグラディエーションを構成していますので
高速よりは下道で行くのが好きですね。

では、前回の探索でも見ました「金指駅」の上屋です。
見るからに歴史を感じさせます。

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で、問題のプレートは此所に有りました。

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一寸UPしてみると

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今は亡き「奥山線」がまだいる様な雰囲気です。

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金指駅を後にして先般の鉄ピク誌に有った将にクロスの写真現場らしき場所に行ってみましたが
家が建ち並んで跨線橋さえも見えません。

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こりゃ〜だめだ!
近所の方に聞いてみましたがやはり見えないそうです。  残念無念!

で、前回専用線を歩きましたが今回はその先にある鉱山まで足を進めました。
強者どもが夢の跡です。
入り口は当然ですが完全に閉鎖されております。

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ちょうど近所らしい方が居られましたので聞いてみるとやはりこの鉱山も段々忘れさられた存在になっているそうです。
歴史は忘れさる物なんですね。

で、エンドレスで運んだトロッコ路線が有りました。
残っていましたね〜。
お話だとこの道の左端辺りだそうです。

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お墓の所までは行けました。
そこからの分岐した線は現在では宅地その他に吸収され日の目を見る事は出来ません。

そこから、浜松経由で御前崎まで一気に足を進めます。
結構距離ありますね〜。

池新田は前回は単に通っただけでしたので様子は全然でしたが今回は車を置いて歩いて回りましたので
一応全貌が掴めました。
全ての路線が残っている訳ではないですが池新田はかなりの廃線路が何らかな形で存続しています。
其の前に市役所から明治時代の紙図を入手してきましたがそれにも路線の痕跡は見出す事は出来なく
土地宝典と同様廃線後の姿しか現れていませんでした。
安倍鉄道も同様でしたので恐らく分筆されたと思うラインを追ってみました。
嬉しい事にこの地区は当時と地番が変わっておらず推測し易いですね。
これが、区画整理などで地番が変わっていたり増してや区画の形状も変わっているとお手上げ状態です。

池新田駅からは殆ど真っすぐ状態で苗代田まで進んでおります。
その半数以上は小道として残っておりますが、良いですね〜風情有りますよ。
昭和其の物です。
廃線路ではないですがこんなのとか。

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これが廃線路です。

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で、帰宅してポストを見ると天浜鉄道から来ておりました。
オーナー記念のキーホルダーです。
将に記念物!大切にします。

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次回8日に再度確証に行ってきます。
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by micmacbig | 2012-04-03 04:54 | その他の鉄道 | Comments(2)