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大井川〜新藤枝 ウォーク

阿形軍団としてLast Walkとも言うべく大井川〜新藤枝間の探索が行われました。

社袋井を出発した軍団は数年の年月を経て本日新藤枝駅にその足跡を残しました。
当方はこれで3回目の参加です。

先ずは大井川河川敷です。
人なら見向きもしない様な物でも軍団には宝物に写ります。
恐らく当時の橋の木杭の成れの果てと思います。

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強者どもが夢の跡ですね。

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何回も通ったこのルートですが今回も新しい発見・ドラマが有りました。
例に寄っての用地杭です。
この大井川地区には4本の用地杭が有るのは認識していましたが何と今回更に見つかりました。

こんなのや、あんなのや、そんなのや

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有る物ですね〜。
只通るだけではなく長さなんかも計りました。

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 (市役所の土木課の人間ではないですよ)

そんなこんなで高州駅に着きました。
この記念碑も何回も見ていたんですが本日気がつきました。
駿遠線となったのが昭和18年と記載されていますが、正式には昭和23年です。

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田沼2丁目からJR方面に行き後ろを見てみると何となく向こうが下がっています。
タモリ得意の高低差です。
当時はかなりの高さの築堤で国鉄に向かっていました。
そのなごり雪みたいな場所です。

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また、歩道部分が広くなっているのも築堤の高さを表しております。

JRを超えてサン・ライフの裏側です。
フェンスがややカーブを描いています。

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駐車場部分が築堤をトレーズして弧を描いている様は良く聞く話しですが
その裏側部分です。

そして、本日の到達点 新藤枝に着きました。
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一度行っただけでは全てを把握出来ないのが探索です。
また、一人より二人、二人より三人と視点が多いほど新しい発見が有るのが探索です。
又何か新しい発見が有ります様に。(合掌)
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by micmacbig | 2012-05-27 18:12 | 駿遠線関連 | Comments(2)

焼津市の軽便ウォーク その後

20日から受け付けたこのウォークですが初日で満席となり現在キャンセル待ちが続いている状態との事です。
ですので、もし広報を見て行ってみたいなと思われた方は一応連絡してみて下さい。
ひょっとするとキャンセルで番が回ってくかもしれませんので。

当初、旧大井川町の方が多いんではないかと予想していましたが、ふたを開けてみると何と旧焼津市の方が殆どとのお話です。

旧焼津市から見るとまだ見ぬ「軽便」へのロマンなんでしょうか。

ともあれ、楽しみです。
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by micmacbig | 2012-05-24 10:03 | 駿遠線関連 | Comments(2)

古道と駿遠線との遭遇点

昨日の古道ウォークの後、各地の接点を教えて欲しいとのお話が有りましたので
其の地区毎では書きましたが、纏めて全路線での遭遇点を繋げてみましょう。

では、相良地区からです。
ここは短い区間で絡み合う様に接点が有ります。

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そこから細江まで来ます。
バス停の所ですね。

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吉田に入ります。坂口谷川の直ぐ東側です。

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吉田の第2と第3です。
ちなみに下吉田駅が有った所です。

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そして、大井川地区に入ります。

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お馴染み相川の八木床屋様の交差点ですね。

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そして、ここには短命であった相川駅がありました。
併用橋までの命でしたねお疲れさまでした。

そして、前述した様に藤枝市に入ります。

ひょっとしたら見落とし有るやもしれません。
其の時はまた発表します。
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by micmacbig | 2012-05-23 09:44 | 田沼古道関連 | Comments(0)

安倍鉄道講座

昨日は、軽便ウォークでしたが本日は「安倍鉄道」の講座です。

静岡市の北部公民館で安倍鉄道の権威である曽根先生に寄る講座がこの6月に行われます。
先日完歩したこの安倍鉄道です。
何とか時間を強引に取り参加する事とします。
さあ、どんなお話が出てくるんでしょうか?
大変楽しみとしております。

これが静岡市の広報です。

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北部公民館のちらしです。

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WEBからも申し込み出来ます。
こちらからどうぞ。
お時間御座います方は是非どうぞ。
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by micmacbig | 2012-05-23 08:14 | その他の鉄道 | Comments(0)

焼津市の軽便ウォーク

先の6月2日の土曜日に焼津市が企画する廃線路探索と郷土の歴史を知る企画が行われます。

今回は大井川地区をメインに古きを知ります。

詳細は広報をご覧頂き希望者は先着20名となっておりますので歴民館までご連絡をして下さい。

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by micmacbig | 2012-05-22 06:46 | 駿遠線関連 | Comments(0)

久々の古道

先週は安倍鉄道に行きましたが、本日は原点に戻って(?)古道を少しだけですが歩いてみました。

本日はT氏と共に前半は駿遠線の大井川橋梁から田中川迄をお馴染みのコースを次回の練習も含め
ポイントを押さえながら歩いてみました。
次回は各々の時間が決まっているのでその時間配分と説明内容との調整が難しいと感じました。

そこから、方向を変えて田沼の現BIG(旧マックスバリュー)から勝草橋方面を行って来ました。

そこで、見つけたこれなんですが。

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お〜〜〜 何なんだ! 悪戯にしては度を超していますね。
雨風でこうなったとは考えられません。
単なる悪さです。器物破損罪的な事です。

当然この場では直せませんので引っ掛けただけですが。

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悪い輩が居る物です。

そして今頃気がついた事ですが、藤枝市では古道と廃線路との遭遇が東名南側のみと
記述しておりましたが本日後2点が有るのがやっと気がつきました。

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やいやい、ここもそうだっけ!!!
 ほんと今頃でお恥ずかしい限りです。

先ずは、田沼地下道直ぐ西側の藤相線との交点です。

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もう一つは青島東小学校付近です。

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改めて気がついた事はやはり歩かないと駄目だ!でした。
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by micmacbig | 2012-05-20 18:20 | 田沼古道関連 | Comments(2)

安倍鉄道 完歩

昨日  お世話になっています「やぶおさん」とテーマの一つになっています「安倍鉄道」廃線路に行って来ました。

今までは、車を使っての探索でしたが、歩行での探索を試みました。

朝9時に集合して出発点の井宮駅(現在の赤石)から出発です。
今回写真は敢えて撮りませんでしたのでテキストonlyで見ずらい部分はありますが其の時はこちら辺りをご覧下さい。

薩摩土手まではの廃線路は完全に住宅と化しておりますので、近辺の道を歩きながら進みました。
薩摩土手からは市道として拡幅しておりますので進み易く皆さんご存知の事と思われます。

で、では廃線路は何の辺に?と言うと市道の東側の歩道部分です。
小学校の有る西側部分は当時は田圃ばかりでした。

真っすぐ進みこぐま保育園辺りからの変則部分を確認しながらバイパスを迂回して
菖蒲が谷駅を認識しました。

ここで、お知らせですがこの以前提示した「菖蒲が谷駅」の写真ですが結論から言うと他の駅の写真でした。
何かの経緯で紛れ込んだまま鯨が池で展示されてしまったと予想されます。
ここでその詳細に触れる事は避けますのでお知りになりたい方はメールを頂けたらご返事させて頂きます。
まあ、良く有る事ですが・・・・

秋山川の土手から線路跡を確認しながら御新田駅までを住宅地と化しておりますので横の道を進みながら御新田、そして役場前と進みます。
この役場前駅が認識されていない様子が有ります。
延べ8つの駅で恐らく役場前駅が一番の難所かもしれません。
多くの探索記で賤機南小学校の西側の道路を廃線路としているケースを良く見ます。
が、これは後代に造られた道ですので当然其処には駅は有りません。
そして、小学校の南門に出ますがこの門が廃線路となります。

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当時の小学校はこの門から東側でした。
廃線後市が買い上げ小学校敷地としてそこにプールを造りましたので南門から見ると眼前にプールが有りちょっと不自然さを感じさせるのはその為です。

水神橋の築堤を確認して「福田が谷駅」からの1間幅の痕跡を見据えて「下村駅」に到着しました。
この下村駅も多説有り農協説を良く聞きますが、これは前回お母様の手記を頂いた駅向かいの稲葉菓子店様からお伺いすると以前農協は下村のバス停の横に有り其の為目印として農協の所とされていた様です。
それが移転後も引き継いで現在の農協の所がとの経緯の様です。
結論は、下村のバス停の所です。

中途渦中の鯨が池センターに寄ってみましたが問題の菖蒲が谷駅の写真は提示されてませんでした。

そのまま、大土手駅 門屋駅と進みE氏が中学時代に写した橋台跡(現在では有りませんが)を確認して牛妻団地から中沢駅を経て大きく左にカーブする姿を見据えてNTTから丹野川への線を認識して川を渡りそこからの築堤を確認しました。

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で、いよいよ最終「牛妻駅」です。
改めて見ると確かに広大な駅でしたね。
安倍奥からの材木なんかを置くので広さは必要だったんですね。

これでルートは完全に把握出来ました。
帰りは予定通りバスでの帰りです。
でも460円掛かりましたけれど結構するんですね・・・

最後に松庵でお蕎麦を食べましたが車でしたので冷たいビールが御出で御出でと呼んでいましたが
残念!冷たいお水で乾杯してお蕎麦を食べました。

やぶおさん お疲れさまでした。

おまけです。
こんなのがありました。

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by micmacbig | 2012-05-14 05:17 | その他の鉄道 | Comments(6)

いたずら?被害

我が家の菜園?です。
単に敷地の一角を囲っただけですが。

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朝起きてみると何故かこんな光景となっていました。
夕べは何とも無かったですが・・・
風が強かったから??ここだけ。

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以前も一度有りました。
其の時は強い風が吹いていましたが
昨日は・・・・・・
ここだけ竜巻でも来たのかな?

推測で言ってはいけないとはとは思いますが頭の黒い竜巻がなんでしょうか???

こんな初心者の菜園ですがこれでも大切な菜園です。
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by micmacbig | 2012-05-08 06:39 | 食べる・飲む関連 | Comments(0)

榛原町 判明

先日入手したddさんのお写真ですが磐田からの帰りに榛原に寄り検証しましたら一発で判明しました。

結論から言うとそうなのかな?と思っていた「榛原町」でした。
現在では存在していない火の見櫓がくせ者でした。
どうしても現在の姿を先ず浮かび上がらせて推測するのである意味での先入観が邪魔をする面があります。


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それは現在のターミナル前の駐車場部分となります。

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駅構内から西(片浜方面)に向けてのアングルでした。
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by micmacbig | 2012-05-07 08:57 | 駿遠線関連 | Comments(0)

光明電鉄 見付駅〜河原駅

どうも磐田は天候に恵まれない様で昨日も雨風も凄かったし、竜巻こそ来ませんでしたが雹の大群が押し寄せて来て相性が悪い様です。

先ずは図書館で土地宝典を閲覧して検証しました。
区画整理その他で当時とは形状が異なっておりますので正確性には欠けますが、地番が変わっていない面も有り、比較的掴み易いです。
二ノ宮の交差点までは先週区画整理図を基に検証しましたが、その以北が単にこの道沿いかな位でしたが
宝典を紐解く事で大凡が解りました。

大筋は農高前の道路となっていますが、ピアゴを超えた辺りからやや西に弧を描きスナックや電気屋さんの一角を走っていました。
ですから、区画整理で換地されたと思います。

そのまま進んだ光電君は元つぼ八前を通過して大之浦橋手前の信号の辺りから加茂川に沿う様に北西にカーブしていきます。

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そのカーブして進んだ先が遠州見付駅となります。

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この一角では枝番が異なる地番が連なっていて基は大きな一つの区画であった事が伺われます。
これが、その遠州見付駅である証となりますね。
遠州見付駅は線路が2本でホームは1つ有り、駅員も3人ないし5人居たというからかなり
大きな駅でした。
車庫や車両工場も備えていましたので駿遠線の大手駅みたいな感じです。

そのまま北西に国1を進んで行くと一角の住宅街にぶつかります。
地図上では痕跡は見出せませんが、ここにスペシャルとも言える痕跡が有りました。
図書館に繋がる道から最初のお宅をよ〜く見てみるとお隣との塀が斜めになっているのに気がつきます。

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これなんですよ!
で。西の方にぐるっと回るとお寺の方に繋がる細い道が有ります。
そこを入って東を見てみるとお〜 これだよ!!

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斜めの線です!!
これが名残りです。
近所で伺うとこの塀の手前側に昔小道が有ったそうです。
そして其の線を追って行くとこんな場面が有りました。

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まんまです。この幅で光電君は行っていたんですね。
そして、それは西光寺の前に出ました。

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そこから道としては存在していませんが駐車場として、又家々の間を抜ける様に北に進み河原町老人憩いの家の西側に出ます。

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加茂川沿いに進んだ光電君は稲荷橋の所からやおら右にカーブして川を渡ります。
手前の不動橋は直線で掛かっておりますが、この名無し橋は45度の角切りがあります。
それと川とお宅との間に草むらが存在します。
ブルーマップですとお宅の塀の所が字境となっています。
この辺は光電君ルートに関係ありそうですね。

すると、こちらのお宅がはたまた現在の道路に対して45度降って建っております。

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という事は建築当時はこの様に建てざるを得なかった訳が有ったと思います。
そこでお伺いするとやはり電車道が左側を通っていたのでとのお話でした。
勿論廃線後のお話ですが。

この辺辺りに河原駅が有ったとの記述が有りますが伺う事は出来ませんでした。
尤も駅と行っても単に乗り降り出来るだけの簡易駅ですので知っている方も居られるかどうかですね。
ここから川沿いに進んで変電所に向かっているとの事ですが雹の大群で諦めざるを得ませんでした。
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by micmacbig | 2012-05-07 08:19 | その他の鉄道 | Comments(2)