大倉組製材工場 アンコール

最終章で壮大なフィナーレを迎えたこの大倉組ですがその後の調査でやはりこの養護学校の地に大倉組の工場が有った事が法務局の書類で確定となりました。
「静岡県木材史」等の書籍や、古公図、地元の古老の伝聞等からかの地に有ったとされていましたが、先日法務局の土地台帳を紐解くと該当地版にしっかりと「大倉組」の所有したとの戸籍が記載されていました。

これらの、書籍、公図、伝聞に合わせてこの広大な地に工場の稼動が有った事を証明致します。

現在のブルーマップ
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旧公図
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台帳の一部
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該当部分の拡大
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法務局の証
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大倉組が所有していた地番の各々
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やれやれです。







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# by micmacbig | 2018-07-01 06:41 | その他の鉄道 | Comments(0)

今年の展示会は今迄に無い特別だ!

軽便と言えばこの方の右に出る人は居ないと言われる阿形先生から本年の展示会の案内を頂きました。

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単に関連する物の展示に加えて何と浜松市高せの作成した映像も上映されます。
県大会で準優勝と言う輝かしい名誉有る作品を拝見出来ます。
この作品はこの時のみの上映と言いますのでこれは、何としてでも御前崎に行くしか無いです。
加えて、市高生阿形先生との取材逸話を公開しますので、大変見物です。

更に、幻とも言われている遠州神戸駅の駅名標も公開と言うトリプルでの衝撃的な内容となっております。

また、帰路には、是非とも桜が池の用地杭を見つけ御覧下さいませ。
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# by micmacbig | 2018-06-26 05:10 | 駿遠線関連 | Comments(0)

大倉組トロッコ軌道 最終楽章(恐らく)

手探りでの大倉組トロッコ軌道探索であったが本日地元の古老からの証言を得て恐らくこれが最終予想と思われます。
兎に角正式、公式なデータ。図面無しでのスタートで法務局での古公図と土地宝典。航空写真からの情報と近隣の聞き込みの点と点を繋いでの
探索であった。
ここは、浜野の陸軍射撃場へのトロッコ路線と共通しているがこちらはある程度資料も有ったし時間的にもまだ数十年前の事項であるが今回は1世紀もの時間が経緯した案件であるので人々からの情報も希有に等しい案件である。

大凡は入手出来る資料からラインは表現出来るが詳細な部分はどうしても欠如する。

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そんな中本日地元の古老から有益な証言を得られた。
50数年前嫁いで来た古老はその大おばあちゃんからこの話を聞いていた、そして覚えていた。
話の依ると、現養護学校の場所に大倉組の製材工場は有った。
大きな貯木場が有り川を利用して島田の方から木材を流して製材していた。
それをトロッコで運んだ。

将に「木材史」そのもののお話である。

これらから、先の古老の話、古公図の赤道と橋らしき表示、を合わせると確かにこの地に製材所が有った事が証明出来る。
近隣の古老はこの養護学校の地区を「おおくら」と呼んでいたそうです。
また、ここからの軌道も「トロッコ道」と称して駅方面への通行に利用したそうです。
各地に軽便等の廃線路を「けいべん道」とか「電車道」と称していたのと同様である。

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トロッコはこの赤道を北上して古老の家の直ぐ隣りを田圃のあぜ道としてしっかりと残っている。
現在は家々に囲まれ公道としてその場所に行く事は不可能です。
当方は案内して頂き古老の家の中を入り裏木戸からあぜ道に案内してもらった。
そこから、住宅の中を進み、ようやく車でも走れる廃線路が現われる。
この地区は斜め道がクロスする様に絡み合い一つ間違うと違う場所に行ってしまう感じの
場所となる。

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そこからまた、住宅地に行く手を阻まれ大回りをして廃線路に戻りこの路線の中でも一番らしい箇所が迎えてくれる。
当然軽自動車やっと位の道なので前方からやってくるとバックして譲り合わなければならない。
其の感じが如何にも廃線路のダイナミックさである。

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其の姿がこの動画で有る。






が、その興奮度も現在の都市計画の中に夢の一夜で終演して新しい住宅街が出没する。
従ってそこを通る事は不可能であるがこの家のこの辺を通っていたんだなと想像するのがまた楽しみである。
ローソンの東側の田圃から焼津信用金庫の東側を抜けて現在の県道に出会う。
其の県道の東側部分を北上してくと眼前に藤枝製紙を見定めるこの工場は現在の高架橋の有る県道から見ると東北に斜めに設置している
これは、良く有る姿であるが製紙工場が当時有った道に沿って造られ後代に都市計画で真っすぐなラインの県道が建設されたので
この様なある意味いびつな光景を生んでいる。
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従ってこのセンプクの前辺りが異様に拡い歩道部分が存在している。
これは廃線路と新たに建設され造られた県道の歩道部分とのコラボではないでしょうか!

この「斜めの線」こそが駿遠線を筆頭に当時の姿を表している大変美しい線である。
そして、路線は完全に都市計画された住宅地に遭遇しその当時を偲べる物は皆無となる。
が、ここに当時廃線路と並んで流れていた水路が有り、その痕跡とも言える道路とやや振っているグレーティングが有った
これはまだ推測の段階であるが当時から有った水路を暗渠にした姿ではないだろうかとワクワクしている。

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そして、終焉を向かえトロッコ路線は省線に平行して駅に通じて貨物を詰め変えた。。

が、推測の世界では有るがストーリーと考えている。

兎に角公式、正式な物では無く全てが推測論での話である。

一応公的な資料として、大洲村誌には製材所が有ったとの記述は有るが言葉のみである。
また、東海パルプ90年誌にも軌道で駅まで運んだとの記述は有るがそれのみである。

公図関連も嘗てこの様な道が有りましたのみでかの「横井軌道」の様な軌道などの記述も無い。

兎に角無い無いずくしであった。

一応これが最終とするがまだ新しい事実が出て来て再最終楽章を書きたい物だと願う次第である。

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# by micmacbig | 2018-06-10 17:06 | その他の鉄道 | Comments(0)

大倉組製材工場 第3楽章

路頭に迷った大倉組であるが市役所からの古公図で該当番地を紐解くと現在の駅からの県道の位置となる事が判明した。
従って南北伸びた白い線はこの県道を表している線となる。
その間の場所には赤道は記載されていないので取りあえず矛先を養護学校に絞り精査してみた。
かの場所は、近隣の古老の話し、「静岡県木材史」と合致する。
そして、南側に有る新川は島田市に入ると「芝地川用水」として現在も其の名が残されている。

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ここで、何かが出るかと法務居に出向き紙図をを見出す。
すると、これが何を示すのかは不明であるが該当地区から栃山川を超えて北に伸びる赤道が有る。
軌道跡と考えても可笑しく無い線である。
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赤道と赤道の間の栃山川上には橋とも解釈出来る白い線が有る。


が、1646年以降の航空写真を見てもこの地点での橋的な物は確認出来ない。
それも当然と思われる。明治の中期に工場を閉鎖して軌道も用途無く廃線となったので橋も撤去した事は
用意に想像出来る。
当然、何人かの方にお聞きしてもこの辺りに橋は無かったよの返答であった。
                   
1946年

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1962年
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1988年
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1946年の→は当初橋と思い込んだがどうも異なる様だ。

物的証拠の無い過去の物を蘇らせるのは推測論や仮定法をの積み重ねとなる。

市役所関連でも、法務局関連でも当然近隣関連でも知る人はいないこの将に幻の軌道である。

従って偏在の時点では未解決の軌道で有る。


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# by micmacbig | 2018-05-25 19:20 | その他の鉄道 | Comments(0)

大倉組製材工場 その2

判明しないが今回ものテーマであるが、本日「東海パルプ 60年」誌を紐解いてみた。
まあ、木材史含め元データは大体一緒なので書き方も類似しているのは致し方が無い。
この60年誌に依ると大倉はかの地に8町歩の土地に製材場を建設したと言うからその広大さは恐るべきである。
1町歩が3000坪故2,4000坪なる広大さである。
地目は田であるので単価は安いが仮に坪1万円としても土地代だけで2億4千万もの投資だ。
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果たして、この製材場は一体何処に有ったのか?
近隣の古老は現在の養護学校の所と説明してくれた。
確かに栃山川と新川に鋏まれ、静岡県木材史とは合致する。
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仮にこことすると、軌道は一体何処に。
古公図の線はもっと東である。
出所が同じと思える「木材から」誌と「60年」誌は
栃山川と木屋川の交点の東を示している。
これは公図とも合致していると思える。
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(尚、赤線は単なるメモで意味は無いです)

タイムマシーンが欲しい物だ。



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# by micmacbig | 2018-05-23 17:58 | その他の鉄道 | Comments(0)