役場前駅 再考

現在出回っている「役場前」駅に関し、大凡は賤機南小学校西側の道路と記載して

有るのが多々見受けられるがが、これは後代に造られた静岡市道であり、

廃線路ではない。従って、この道路上に駅は存在していない。

先ず、「御新田」駅と「福田が谷」駅手前の水神橋の築堤とを直線で結ぶと、

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市道の東側、小学校の校内に位置する。

また、小学校のHPにはこの様に記載されている。

 http://www.shizuhataminami-e.shizuoka.ednet.jp/

昭和10 4 1

安倍鉄道の敷地を購入し校地拡張

2.稲葉菓子店 稲葉とよ様の手記より。

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1946年の航空写真より

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中央の白い線は安倍街道

黄色の点線が其処を繋ぐ道路。

☆土地宝典より

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れを現在の現在に置き換えると


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従って、役場前駅は

現在の松富2丁目1076

辺りに有った。


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# by micmacbig | 2018-09-06 06:12 | その他の鉄道 | Comments(0)

庵原軌道 アンコール

「ラーメン終止」で結末の「庵原軌道」だが、精査不十分な点が有り気になり再調査に出かけました。
「神明前駅」の位置を「アリンコ」と解釈しておりましたが、地形図。土地宝典を見比べるとやや異なる感がしました。
それと、静岡新聞に載っていた「東ドレスメーカー」の裏手を・・との言葉が気になり県立図書館のメイクロフィルムを調べに。
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先ず、現地調査、
このお宅の玄関部分が道路と違和感を感じていた事。
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地形図から郡道まで少し余裕の有る事。
(アリンコだと郡道に接する)
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で、此所のお宅に眼をつけお伺いするとご主人が居られ庵原軌道は知っている。自宅が駅で有ったとお父さんから聞いた事が有る。
その昔お母さんがこの場所でドレスメーカーをしていた。
その現れとして当時の看板?が保管してあった。
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これらから、このお宅が「神明前駅」で有った事が証明された。
(とは言っても公的証明が存在していないので飽くまで 思われるの世界だが)
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では新聞にはどの様な形で記事になっていたんだろうかとマイクロフィルムを紐解いてみると、
記事としてではなく単なるコラム。であった。
そして、これは某「静岡**史」と同文である。
幾多の方々がこの書籍を読んで勘違いをし続けたんでしょうか。
見れば、笑っちゃう様な記述のオンパレードである。
はっきり言って勘弁して欲しいですね。
この様な作文は。
末尾に補足して頂きたい物です。
(これはノンフィクションです)と
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まあ、お陰で新しい事実を掴めましたので感謝はしております。

庵原軌道の時刻表です。
ここからビックリする程のダイヤであった事が伺われます。
今の清水・静岡線よりも多いんではないでしょうか。
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# by micmacbig | 2018-09-03 06:00 | その他の鉄道 | Comments(0)

庵原軌道 最終楽章 ラーメン食べて金谷に到着

バイパスから終点「金谷」迄はバス通りそのもので興味も湧かずにいましたが、改めて行って来ました。

現在の人口でも利用者は居るんだろうか?と首を捻りながら進むがまず無理でしょうの感である。
で金谷のバス停に着く。
近隣で聞き込みをするが、やはり知らないの声が殆どであった。地元でさえそうだから街場では当然ですね。
兎に角言えるのは現在乗車した方は別な世界ですのでお父さんから聞いたとかお爺さんから聞いたが一番近い話となる。
見た事の有る方が100%話しても聞き手には80%しか伝わらない。その次に方に話すと64%に減少する。
全ての人が子に話した訳でもないのでその比率は更に下がり、形は変容して行く。従って、現在聞き込みに行くととんでもない事を話す方が居るのも無理は無い。
公式な資料が皆無的なこの鉄道ですので有るのは例え僅かでも多くのお話しを聞いてそこから真実を見出すしか方法は無い。

何処何処の書籍にこの様に書いて有ったからと言ってそれを即信じるのも問題が有る。
「なになにである」と断言する表現には必ずその引用とか証明が必要である。
それらを記載していなく断言しているのは「見て来た様な**」の例えの如くと思われる。

その1例が「静岡県**史」であろう。
如何にも正確な書と思われる題名が幾多の間違いを引き起こしている。
「辻の生い立ちと今」「辻小学校100年史」「金谷の里」・・・

歴史を辿るにはその時点に戻って確認する事は物理的に不可能である。
従って幾重にもデータ、資料を入手して考察するかしかない。
歴史論は推測論であるとと言っても過言ではないと思っている。

断定要素が薄い場合は**と思われる。とか**近隣とかの一種の曖昧さは必要条件となる。
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このラーメンで最終楽章のフィナーレを迎える事とする。
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「ラーメン終止」



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# by micmacbig | 2018-08-30 05:58 | その他の鉄道 | Comments(0)

庵原軌道 第4楽章 勾配を感じながら西久保へ

秋葉道を段々と上り勾配を感じながら登って行くと東側に「矢倉神社」が有る。
ここは草薙神社とも関係が有り、かの「日本武尊」を奉っている。
そして、その北側には辻の地名ともなった「矢倉の辻」の存在が有る。
見れば狭っこましい場所であるがここを起点に東海道、港への道、庵原郡衛方面への道と重要なポイントとなす。
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軌道はその先、5叉路にぶつかると北東方面に進んで行く。ここに「秋葉道」の駅が有った。
その道を更なる勾配を感じながら進むと、新幹線が見えて来る。
この角にスーパー「サカマル」を見る。その昔は「鈴木製材」であり、その北西側に「西久保」の駅が有った。
恐らく、公園となっている辺りと思われる。
大きな柳の木が有り、切符売り場や待合室が建っていたと言う。その傍には給水施設や灰捨て場も有ったと言うのでかなり大きな駅と察せられる。
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さて、此所迄は現在の道を進んでいた事は確証が取れているが、ここから明神に向かっては現道と記載されている物を多く見る。
当初は私もそうだと信じきっていた。(知らなければ当然の理である。

ここで辻在住のK氏に知り合い案内をして頂いた。
土地宝典を見て行くとどうもそうでは無さそうな感が有り大雑把な線を引いてみるとかなり地形図の路線は海側に弧を書いて居る様である。
「袖師村沿革誌」に依ると、字笛吹、諏訪上、舞台大屋敷を通り神明に向かうとの表現が有る。宝典には当時の字が記載されているので
見てみると何となく地形図の路線の様な弧を感じる。
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軌道は公園から現道とは離れて進みこども園の海側に沿って進み程なくして左にカーブしながらポートガーデンの駐車場辺りから東公園と進み袖師中学校の裏門辺りに出て西久保121の駐車場辺りに進んだ。
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この辺は当時は畑ばかりであり目印の無かった地域である。
それ故に都市計画で住宅地と化して廃線路は家々の下敷きになった良く有る地域でもある。
従って廻りから推測するしか無い。
アバウトですがこんな感じでしょうか?
右側の写真は1961年の航空写真です。
何となく家々の並びがそれを感じさせます。
(私が感じるだけかもですが・・・)
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ここに「神明前」駅が有った。
車では左程感じないが歩いてみるとかなりの勾配を感じる。
ここら辺りは「安倍鉄道」を彷彿させる。

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# by micmacbig | 2018-08-27 06:00 | その他の鉄道 | Comments(0)

庵原軌道 第3楽章 軌道、東海道を超える。

江尻駅を目出たく超えた軌道は地形図の文印の海側を通っているが此所に学校が有った事は表面には出ていない。
辻小学校が当時尋常高等小学校としてこの地域に有った事は近隣からの情報で知り得た。
が、教育委員会、辻小学校にもその正式書類は存在していない。
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ただ、「辻の生い立ちの今」誌には現在の静柑連の場所に明治35年に設立されたとの記載が有るが、その根拠は不明である。
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現存しているのは辻村誌に辻村1093番地にとの記述だが御多忙に漏れず法務局でもこの番地では判明不可能である。
これらの事から現在の辻1丁目4番地の現在は駐車場となっている所に旧辻小が有った事が判明する。
又、不鮮明では有るが学校の南側に線路と思える写真が辻の生い立ち誌の出ている。
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軌道は此所から左にカーブしながら、現在ソフトバンクの有る辻3丁目の交差点を渡り秋葉道に侵入する。

当初、この横に有る「みのや」さん横の小路と思い込んでいたが、様々な見解によりこの小路は古くからの参道であり軌道跡では無い事が判明した。

明治43年頃に完成したこの秋葉道は当初は現在の半分程の狭さで軌道はその辻側を併用軌道として走っていた。
余談であるがこの秋葉道の東側は田圃ばかりで新しく街区が形成された。
従って現在通りから眺めると左右の違いを感じさせる。
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ここから軌道は段田の勾配を感じながら5叉路から庵原に向かって行く。



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# by micmacbig | 2018-08-26 07:16 | Comments(0)