ある表現では明治時代の道路改革でズタズタにされたという街道をどのようにして再現させるかが今回のテーマである。
前回の駿遠線の探索方法のノウハウがあるのでさしたる困難は感じえなかったと言っては 過言とも言えるが・・・。 まず、各先輩諸氏の探索データがあるのでそれを元にしてスタートした。 参考文書として、八木先生の「田沼街道を歩こう」が大変と参考になった。藤枝市内は 拡幅されているが大凡のルートが掴めているのでまた、地元の有利性で探索は難しくはなかった。 が、何分にも駿遠線と異なり、数百年前の事を確かめるのでそれらに対して熟知している古老が少なかった事は最大の難関であった。 とにかく、既存のデータを信じ、各古老を尋ね周りそのデータの裏づけをとっていくという時間の掛かる超アナログの世界である。 藤枝市内は難なく過ぎ大井川町に入ると困難が待ち構えていた。 土地改良etcでその姿は似ても似つかわない箇所が点在してるのだ。 そこで、役場の古い地図を求めに税務課を訪れ明治22年発刊の公図を頼りにその姿を再現していく。 1箇所は上新田の島田街道から相良街道へのルート。 もう1箇所は上新田から下江留農協までのルート。 そして、古老の話などを裏付けにして晴れてそのルートが解明した。 また、後日ではあるが46年のゼンリンの地図を発見したがそこにも確かに尺度、は異なっていてもそこには道としての存在が示してあった。 これ等により大井川町は完成となる。 とにかくあらゆるデータを収集する。 そして、歩く・聞く 公的資料(例えば公図・土地宝典・・・)により確証をとる。 これらが、探索3原則と心している。 1つの話でそれを鵜呑みして結論をつけない。 まず信じ、そしてそれを打ち消して新しい確証を求めそして結論をつける。 こうしないと間違った方向に話が進んでいってしまう。 「郡盲 象を撫でる」
by micmacbig
| 2010-02-09 05:58
| 田沼古道関連
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