八光山森林軌道 第2楽章

先日の精査でこの御立ち台からの山中に入る林道が「八光山森林軌道」で有った事が確定されたが、
改めて国土地理院の地形図を見直してみた。
当初は単に固有名詞を探すのみで見ただけだったが、改めて見直すと色々判明して来た。

先ずは明治20年の地形図です。
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大井川鐵道もまだ無い時で有る。
次に大正5年
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其の地形図に開通したばかりの大井川鐵道が補入されている昭和5年
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そして時は流れ昭和15年を見ると。
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高熊トンネル辺りからの光景に変化が見られる。

そして、昭和31年になると見慣れた現在の姿と化している。
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この昭和15年の地形図がキーマンである。
高熊トンネルから左の山中に伸びる線が見えるが、これを拡大すると
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軌道の軌とも読める文字と国土地理院の下記の地図記号らしき物を感じる。
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ここの文字と思われる物を改めて見直しました。
すると期待も込めてこんな風に見えました。
如何でしょうか?
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とすれば公的図面の国交省の地形図に固有名詞が称されている事となります。

これと先の五和村の土地宝典と照らし合わせると森林軌道で有る事は明白の理と感じる。
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そして昭和31年には言葉、記号とも存在しない事から軌道は存在し無い事となる。
これと、先の福用の地で伺った古老の話と合致する。
やはり、終戦間際の昭和19年に廃線となり其のレールは軍に没収されたと予想される。

何分駆け足での精査ですので不足点多々有ると思われますので他の情報有りましたらご連絡を宜しくお願い致します。





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by micmacbig | 2018-04-16 06:18 | その他の鉄道 | Comments(0)
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