「横井軌道」Intermezzo

Intermezzo と言うと間奏曲で本題とは全然関係が無いがまあ、個人の戯れ言と。
これが有名ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=1V9kMKS9E2o
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さて、その本題だが結末を迎えたつもりの本軌道だがその後の精査で大井川まで軌道が続いていた様だ。
当初は大井川から貯木場に木材を集積してそこから加藤製材を経由して島田駅南側迄軌道が有ったと解釈していたが
スタンフォード大学提唱の地形図を見ると新たな軌道を認識出来た。

そして、土地宝典上では、
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加藤製材の南側の架線辺りから一つの道と思われる線が大井川迄存在している。
又この路線と思えるラインは加藤製材の南側で農林省の地と繋がる感が有る。
とすれば材木を運搬する為の何かと考えられそうだ。

当時の公図を紐解くと5356−3という地番で構成されている。
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これらの3つのラインは共通していると考えられる。

そして、「島田町誌」という郡誌に納められなかったデータを集積した資料を見てみると
この様な記述を見出せた。
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ここに森某という固有名詞を見つける。
今迄加藤製材と認識していたが新たなる展開と思える。
この森某はこの冊子に出て来るが同一かは不明で有る。
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当初軌道は現マルハンの北側の市道に沿って有ったと考えていたが、
これから推測するに駅側から来た軌道は製材場を通り抜け南側に抜けていたか
2本の別な軌道が有ったと想像される。

1962年の航空写真を見るとこのラインが認識出来る。
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改めて見直すと軌道は北側ではなく製材場の中に入り込んで切る様だが?
今後の課題です。
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by micmacbig | 2018-05-06 07:40 | その他の鉄道 | Comments(0)
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