大倉組製材工場 第3楽章

路頭に迷った大倉組であるが市役所からの古公図で該当番地を紐解くと現在の駅からの県道の位置となる事が判明した。
従って南北伸びた白い線はこの県道を表している線となる。
その間の場所には赤道は記載されていないので取りあえず矛先を養護学校に絞り精査してみた。
かの場所は、近隣の古老の話し、「静岡県木材史」と合致する。
そして、南側に有る新川は島田市に入ると「芝地川用水」として現在も其の名が残されている。

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ここで、何かが出るかと法務居に出向き紙図をを見出す。
すると、これが何を示すのかは不明であるが該当地区から栃山川を超えて北に伸びる赤道が有る。
軌道跡と考えても可笑しく無い線である。
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赤道と赤道の間の栃山川上には橋とも解釈出来る白い線が有る。


が、1646年以降の航空写真を見てもこの地点での橋的な物は確認出来ない。
それも当然と思われる。明治の中期に工場を閉鎖して軌道も用途無く廃線となったので橋も撤去した事は
用意に想像出来る。
当然、何人かの方にお聞きしてもこの辺りに橋は無かったよの返答であった。
                   
1946年

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1962年
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1988年
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1946年の→は当初橋と思い込んだがどうも異なる様だ。

物的証拠の無い過去の物を蘇らせるのは推測論や仮定法をの積み重ねとなる。

市役所関連でも、法務局関連でも当然近隣関連でも知る人はいないこの将に幻の軌道である。

従って偏在の時点では未解決の軌道で有る。


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by micmacbig | 2018-05-25 19:20 | その他の鉄道 | Comments(0)
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