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恐らくこんな感じでしょう 相良地区

相良大江地区の防災センター横に架かる「江湖橋」であるが、当然現在では車での通行可能な橋である。
が、意次氏はここを通らずぐるっと山側を回って駿遠線と絡み合う様に進んで行ったのには大井川町の相川地区と似通っている。
真っすぐ進めない地理的な物が要因となっている事が考えられる。
それを確かめる為に再度牧之原市役所を訪れた。
すると、予想した通り当時はここには橋は無く川幅も広く流水量も多かった様だ。
従って直進出来ず大きく迂回を余儀なくされたと断定出来る。
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書籍 古地図で楽しむ 駿河・遠江にこの様な絵が転載されている。
これを見ても川幅の広さを感じ、橋の無い事が描かれている。
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ここに相良地区の進路はほぼ決定的となりそのまま榛原、青島と繋がり勝草橋の袂で東海道と合流して約3日の短縮に成功して江戸に帰った事となる。

by micmacbig | 2018-12-07 17:18 | 田沼古道関連 | Comments(0)
<< どうも訂正の様です。 新たなルート まだまだ先は見えない。 >>