きっかけ

何の趣味でもきっかけ、出会いが有る物だが当方の古道探索のきっかけは新聞折込の1枚のちらしであった。
一応新聞紙面、広告チラシの類は拾い読みだが目を通すほうである。
そんな中 今井のチラシが運命の扉を開いたと言っては過言だがそれを見なかったら現在の当方は無かったであろう。
それがこのチラシであった。
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元来の「鉄っちゃん」でも「古物好き」でも無い何のとりえも無い当方が何か引いたんでしょうね!
まあ、言ってみれば道を歩いているときに「へ~ こんな所に細い道が有るけれども何処につながるのかな~?」なんて思った程度でそれ以上は気にも留めない程度であった。

潜在的なものが有ったんでしょうか?

そしてそのまま新聞箱に収納したが何故か気になって再びチラシを取り出してやおら静鉄に詳細について電話をしたものだった。

が、帰ってきた答えは当人も解らず唯現在の田沼街道(33号線)を走っていたようです  位・・・
で、高洲のバス停のところに記念碑がありますよ と

で、早速それを探しに出かけるがそのときは見出せなかった。
ここからは前ブログに繋がる。
   http://park.geocities.yahoo.co.jp/gl/micmacw123
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# by micmacbig | 2010-03-16 07:08 | 駿遠線関連 | Comments(2)

阿形氏の講演会

待ちに待った本日を迎え、仕事を午前中に済ませ一路蓮華寺に前回と同様30号線を向かった。
中途で何か人車鉄道の跡が無いかな~とぐるりを見渡しながら進むが当然そんな痕跡が残っているわけではない。当たり前のことだが、でも、何故か探してしまうのが探索屋の宿命とでも言おうか!

 1時前に会場に着きO氏を待っているが観客が次々と入場していくので順番だけでも取っていこうと受付に行ったらなんとその時点で31番であった。(会場60人に対し)
 O氏と出会い中に入るが次から次えと入場者が増えやがて満席となった。
が、ついには立見席も現れる好調ぶりである。
相撲でたとえれば「満員御礼」のかかる状態であった。

時間が来て笑顔を湛えた先生が登場してあの「阿形トーク」で難しくなく解りやすい説明で映像や写真を含めながらあっという間の1時間半が経ってしまった。

遠くは東京からの方もいて盛況な講演会であった。

当方にとってはもっと突っ込んだ部分の話を聞きたかったが万人向けの講演会なのでそれは致し方がないだろう。

この講演会を通して一人でも多くの軽便ファンが増えればと思ったのは当方だけではないだろう。*
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# by micmacbig | 2010-03-13 17:30 | 駿遠線関連 | Comments(3)

西町踏み切りPart2

現在の北原商店は当時とは異なり、あの地域一体が区画整理でその姿は変容してしまい当時を蘇らせえる物は何も無い。
 当時の写真、地図を見ても中々それを今の姿では想像を絶するものが有るのが古道の探索の妙である。
ベテランになればピピッと感じるだろうが、新米の当方にとっては至難の業である。
どうしても目に見える現在から想像するので中々当時を被せることが難しい。

 新藤枝駅もそうだが区画整理により道路も幅やら方角やら変容するのでその位置関係を勘違いしやすい。

さて、当時の北原商店は当然現在の場所ではなくもっと線路よりの要は「西町駅」の跡に建てられたと聞く。
その前に踏切があり線路に沿って30号線が走り大手まで行っていた。
当時はその30号線がメインで西町銀座とも称されたほどである。

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現在では跡地は住宅地となり当然当時を想しえるものは皆無の状態である。
30号線は冷たい土の中に静かに眠り、新しい30号線が動脈となって現在を支えている。

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# by micmacbig | 2010-03-11 05:35 | 地元・地域関連 | Comments(0)

西町踏み切り

現地を調査したところ、問題の西町踏み切りは現在では廃止されていて垣間見ることは出来なかった。
その変化形が駅の西側にある地下道がそれである。
聞き合わせを始めたが踏切が有ったとの証言は得られたが、肝心の人車については知らないばかりである。
何軒か伺った次のお宅のご主人が大手までトロッコの様なのが走っていたのを聞いたことはあるよとの証言を得た。
 これにより軌道は西町の地下道辺りから大手まで行っていたことは間違いはない。
そして、やはり30号線の片隅を走っていたらしい。

帰路、図書館に赴き関連資料を探すと殆ど無いに等しいが、中野清彦氏の著書の中に「現在の焼津北区西町の北原商店の付近に、広さ約100坪位のトロッコ鉄道の停車場があった。」
また、駅が瀬戸川を含めて3駅しか無かったというか、乗客の求めに応じて、勝手に乗り降りしていたらしい。

何ともゆったりとした風情である。
鉄道というよりも人力車の親戚であるので、
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# by micmacbig | 2010-03-03 12:02 | 地元・地域関連 | Comments(2)

県道30号線

起点を焼津市本町3丁目(静岡県道416号静岡焼津線交点)として終点を藤枝市大手(国道1号交点)とする主要県道である。
 焼津・藤枝線と言う。33号線が藤枝・大井川線の如く。

その33号線は俗称「田沼街道」と呼ばれているが、30号線に関しての「藤枝街道」との呼称はまだ見つかっていない。

 ここに前述した様に軌道が走っていた。
この軌道は木道であったと言われる。
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# by micmacbig | 2010-03-02 06:37 | 地元・地域関連 | Comments(0)