「居林駅」その後

場所の関係でなかなか辿り着かない大井川鐵道「居林駅」ですが、列車に乗って確かめた以外は対岸からの撮影以外は不可能で有る事が
判明した。
線路上の歩いて行けばこれは簡単ですが大鉄ファンとしては出来ない芸当です。
対岸の神座側から川渡りして行けば到着出来ない事は無いが腰迄有る長靴使用でないと普通の長靴ではいくら水量が少ないこの時期でも
無理でした。
国道側からひよどり越えもどきで試みても他人様の茶畑に侵入せざるを得ないので行く事が可能としても線路同様出来ない芸当ですね。
歌の文句ではないが「もしも 僕の 背中に〜 羽根が 生えてたら〜〜」の心境です。

横岡方面から川岸沿いで行けそうでは有りますが竹薮の群生でそこには猪さん達が住み着いているとの事。
人が入らない場所で竹薮ですのでタケノコは食べ放題ですので将に彼らにとっては天国の様な所です。
聞くと横岡の地区にも出現するとか。

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対岸からの駅跡です。
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其の全景です。
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すると。千頭行きのトーマス君がやって来ました。
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ちょっと分かりづらいですね、アップしてみます。
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473側に回ってひよどり越えの場所です。
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開通前の地形図です。
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土地宝典での図面です。
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473上です。この電柱が目印でしょうか。
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下に行く作業用の通路らしき物が有りました。
最近は使用されていない様ですね。
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ゼンリン地図にも表われている2本の沢です。
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金谷側の沢。埋め尽くされております。
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悪沢暗渠と呼ぶらしいです。

神尾側の沢
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上の沢開渠との事。
これが出口の様です。
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千頭の資料館に有る縦断面図を見るとこんな感じでしょうか。
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何時になるんでしょうか?行き着けるのは???



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# by micmacbig | 2017-12-24 16:10 | その他の鉄道 | Comments(0)

横井軌道 判明

RMライブラリーにて見つけた図面です。

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前回、暗礁に乗り上げ挫折しかかった探索ですが、方向を公図探索に切り替え法務局に出向きました。
が、そこからは何も発掘されずと言うか、法務局ではピンポイントの図面しか出してくれないので
地番が少し違うと目的の物が発見で来ません。
かといって闇雲にその辺を出してもらうと料金が発生しますのでとんでもない金額になってしまいます。
その辺が雄図の聞かないお役所ですね。

で、待っている間に備え付けのブルーマップを見ていると何やら現在とは違う様相が描かれていて
明らかに証拠となる名称が有りました。が、それが何年の発行なのかが記載されていません。
伺うとコピーをした物で局としても何年のをコピーしたかが掴んでいないとの事です。
が、兎に角マルハンの所には加藤某という地主さんの名前が有ります。
これは先般地元で聞いたお話と合致します。

で、その足で図書館に向かい探してみると土地宝典が有りました。
宝典は見にくいので有名?ですが何やら斜めの細い線が有ります。
コレッっぽい。聞いた話と同じ線です。
が、残念ながら軌道の記載は有りませんでした。
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間違いの無いと確認して、島田市役所に出向きました。
租税の関連で古い図面を納税課では保管している例が多いので
伺ったら大ビンゴでした。
宝典と同様の斜めの線が有り、そこには地目の雑種地の下に軌道の名称が記載されていました。

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此れ等に依り確かに「横井軌道」が存在していた事は間違いの無い事実でした。

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が、正式に何時作られ、何時廃止されたかは以前として不明ですが、聞いた範囲での話では
明治30年頃加藤製材が出来、戦後間もなくの頃廃止となって居る様です。
また、その廃止された要因として大井川のダム建設により水運での木材の運搬が不可能になった故らしいですね。
そこで、加藤製材は島田駅西側の所で鉄道に依る運搬し、新たに製材業を開始した様です。
が、外材の流入やら清水への製材業の変遷やらで島田全般的に製材業が衰滅してきました。

地元でも忘れ去られたこの「横井軌道」,島田軌道同様歴史上の重要点として残しておきたい物です。

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# by micmacbig | 2017-12-14 06:09 | その他の鉄道 | Comments(0)

横井軌道 その後

地元でも殆ど知らないらしいこの「横井軌道」ですが、どうやら暗礁に乗り上げた様です。
そのルートは在の古老から点と点を繋ぎ合わせ完全では無いが判明していますが開始時期や撤去時期等の詳細に関しては不明なままである。
島田市役所で伺うが当然知らない、書類も無いでお手上げ。
島田駅でも同様。
資産を監理している末裔の加藤企業ですらもそれらの記録は残っていないし記憶も無いと。
これでは、もりかけ問題と同様ですよ。
まあ、私企業の軌道ですので致し方が無いと言うしか。

諸事情でマルハンの場所から島田駅西側の現在駐車場になっている場所に移転して操業していてJRからの引込線が有り
材木を運んでいたらしいがその引込線も何時頃引いて廃止になったかの資料も現時点では判明して居ない。
将に四面楚歌の状態である。

S氏より頂いた島田駅の構内配線図です。
この加藤商事と書かれているのが引込線と思われます。
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昨日の当地の写真です。
引き込んだと思われる部分が膨らんでおります。
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傍に住んでおられるご婦人にお伺いすると昭和の50年代と記憶しているが材木を運んだり下ろしていたのは見た事が
有るが何時頃線路が無くなったかとかは記憶が無いとの事。
やはり、近隣でも関心が無いと記憶は亡失してしまいますので。

かの地で製材業を止めてから大阪セメントに貸してあった時代が有った様です。
このページに詳しく出ておりました。
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-d85a.html

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恐らくこれ以上のデータは出て来ないと危惧しております。





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# by micmacbig | 2017-11-23 06:29 | その他の鉄道 | Comments(0)

根松の文化祭のジオラマ

先日の日曜日に根松の文化祭で高山から平田氏がジオラマ展をするので行って来ました。
あの大きな駿遠線のジオラマを飛騨の高山から持って来て実演開催をしておりました。
懐かしがって何時迄も見ていた方や初めて見て興奮していた子供達や老若男女が食い入った様にジオラマを鑑賞していました。
さぞかし設営も大変だったと察します。

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会場には子供さんが描いた当時の根松駅近隣の絵が飾ってあり郷愁感が更に高ぶります。

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で、終った後はお馴染み反省会を藤枝で開催。
これに依り次回は更に盛大な物となるでしょう。

平田さん お土産迄頂き大変ありがとうございました。

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# by micmacbig | 2017-11-21 18:43 | 駿遠線関連 | Comments(4)

横井軌道を歩く

RMライブラリーの井川線を久しぶりに読み返した時、以前は気がつかなかった「横井軌道」と言う単語が目に付いた。
「島田軌道」は有名ですがさて、横井?
確かに島田駅南地区も昔は製材業は盛んだったから運ぶ為の何かが有っても不思議では無いなと思いやおらググってみたが
何も引っ掛からない。
で、お膝元の島田図書館で検索しても単語一つも出て来ない。
さてさて、それは何だろう?でお得意のアナログ作戦で駅何地区を彷徨くが知らないの一点です。
すると、通りから右にカーブしている小路が有った。

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これは古くから有った小路に違いないのでここに住んでいる方に聞けば何かヒントが得れそうだと
家並みを物色すると(空き巣ではないですよ)とあるお宅に目が付いた。
伺うと、何とビンゴでした。
84のご主人は列車は見た事は無いが家の畑の横に線路が有ったのは覚えていると。
それは、現在のマルハンの方に進んでいたとの事。
で図書館で入手した昭和14年の地形図を見させると恐らく此の線だろうと教えてくれた。

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その日は他の用事が有った為、後日その先を徘徊。
この横井地区は都市計画に依って大幅な改造がされている地区ですが奥の方に進めばまだ昭和のテイストがプンプン臭う素適な地区です。

すると、何やら通りから斜めのお宅が有った。これって臭いなとお伺いにお邪魔するがお留守。 残念なり。
辺りを彷徨くと一人の古老が畑をしていたので伺うと其の方はお嫁に来た時には線路も無かったがそんなのが走っていたと話は聞いたとの事。
それはやはり先程のお宅の辺りらしい。

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そして、その先に進むと駐車場の先に斜めのフェンスを見つける。
そこにはご婦人が草取りをしていたので伺ってみると、やはり見た事は無いがこの辺に有った事は聞いた事が有ると。
そこは先程の家から繋がります。

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そしてその先を進むと眼前に横井の古老がお話ししたマルハンが有ります。
広大な敷地です。が、駐車場の形がしつかり区画されていない様な何やら昔のそのままを感じました。
そして、其の道路の草むらがそれこそ昭和そのものです。
確かにこれは臭いますね。

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このガードレールは何だろう。道路拡張でも有るのかな?とその先を見るとここのお宅の方だろうと思われる古老が居られました。
空かさずお聞きすると、大ビンゴでした。
当時からここにお住まいでこのトロッコにも乗った事が有るとの事。
このガードレールとマルハンとの間が軌道跡とのお話でした。
道路はその昔から有った様です。
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それは、現在のマルハンが当時は「加藤製材所」という大きな製材屋さんでした。
ここで製材した木材を島田駅に運ぶ為の専用線だったんです。
その西側には現在では伺う事が出来ない貯木場が有り、大井川を使って運び入れたんでしょうか?


その詳しい内容に関してはまだ判明しておりませんが「横井軌道」が確かに有りました。

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# by micmacbig | 2017-11-19 05:45 | その他の鉄道 | Comments(0)